2人が本棚に入れています
本棚に追加
3
細い通路をしばらく歩くと、また扉があった。
彼らも慣れているようで、怖がらずに進んでいる。
話を聞き出そうにも、雨の話は避けているように見える。
本当に何があったのだろうか。
彼女がカギを取り出して回すと、その奥は廊下が続いていた。
子どもたちが一斉に駆け出し、私たちはその場に取り残された。
「あれから何度も移動したものですから、先生の部屋も変わっているんです。書類なども残してありますから、確認をお願いします」
「分かった。けど、その前に、彼女と話してもいいかな。
あそこに来るまで、結構辛い思いをしていたみたいだから」
「まあ、そうだったのですね。うるさかったでしょう?
お気遣いできず、申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ、突然転がり込んできたのに」
「それでは、カウンセリングルームに案内しますね。
狭くなってしまいましたが、どうにか場所は残してあります」
やっぱり、過去に何かあったんだ。
子どもたちを連れて、移動を繰り返している。
彼らの身に何があったのかは知らない。
ただ、あの子たちにとってよくないことであるのは、なんとなく分かる。
「それでは、私は隣の部屋にいますので、何かありましたら呼んでください」
部屋の扉を閉め、出て行った。
ようやく落ち着いて話ができる。
「ここまで本当にお疲れ様。
まさか、こんなことに巻き込まれるとは……」
帽子を脱ぎ、向かいのソファに身体を投げ出した。
天井を仰いで、深くため息をつく。
「私はキスカ。キスカ・フォリアです」
「立華理央。まさか、同じ苗字の別人がいるとはね」
テーブルの上に金属の塊をいくつか置いた。
「その中にあった。
あの雨みたいな音は、これが大量に発射された音だったんだ」
入り口にぶら下がっている小さなバケツを指さした。
中を見ると似たような塊がいくつも入っている。
「これ、何なんですか?」
「少し話を整理しようか。
まず、この周辺地域は何者かによる攻撃を受けている。
あれだけの音だったんだ、結構な人数による攻撃だったかもしれない。
で、ここの人たちはその攻撃のことを『雨』と呼んでいる」
背中に冷たいものが走る。
この塊が彼らが逃げなければならない理由なのだろうか。
銃弾の雨が降っている。それも毎日のように降っている。
想像できない世界だ。
「ここの施設には、『雨』の被害者たちが集まっているんだと思う。
そして、私を誰かと勘違いしていると。大分ややこしくなってきたな」
「タチバナ先生って呼んでましたよね。
学校か何か、なんですかね。ここは」
「いや、学校より闇が深いと思うよ。
かわいそうかもしれないけど、今はどうにかして元の世界に戻る方法を探さないと」
「やっぱり、ここは私たちのいた世界じゃないんですか?」
「そうだね。あの停電の間に、誰かに連れてこられたんだ。
けど、そんな気配は全然なかったんだけどな……どうなっているんだ?」
「何のためにやったんですか?」
「あの子たちのために、じゃない? どう考えても。
他の先生たちがいるとはいえ、こっちのタチバナ先生をかなり頼っていたみたいだし」
まとめ役か何かなんだっけ。
子どもたちの喜ぶ姿で、慕われているのは見て分かる。
この場所にいたところで、何かができるわけじゃないのは分かっている。
こんなひどいことが起きているのに、何もできない。
悲しさと悔しさが込み上げてくる。
重い沈黙を破るように、スマホが震えた。
『立華ァ! ようやく出やがったな!
どこで何してんだボケが!』
電話から怒鳴り声が響く。
「カイン! よかった、そっちは無事か?」
『ふざけたこと聞いてんじゃねえ!
こっちはお前が突然消えて、ずーっと探し回ってたんだよ!』
「なるほど……ねえ、停電の間に何かあったらしいんだけど。
原因分かりそう?」
『なんか金髪の女の子も一緒に消えたらしい!
その子に手ぇ出したらテメェの髪を首ごと切ってやるからな!
近くにいるなら声を聞かせろ!』
会話がおもしろいほどに噛み合っていない。
ていうか、恐ろしいほどに冷静に対応している立華さんもすごい。
「金髪の女の子って、キスカ・フォリアさんのこと?
隣にいる! 私は何もしていない!」
『今すぐ変われ! 声を聞かせろ!』
立華さんはスマホを手渡した。
最初のコメントを投稿しよう!