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「俺は売るよ。なんでも」
そういう彼は、とても頼もしく見えた。いつも前髪を伸ばしていて、猫背。自信がなさそうなのに、このときは、自信に満ちていた。
絶対に売る。その気迫が、彼をそう見せている。
「期待してるよ。未来のディーラーさん」
幸之助さんはそう返すと、自分の絵に向き直った。
「幸之助さんは、どうして画家になったんですか?」
「ん? 世間に刺激を与えたいから」
「刺激……」
「日本って、リーマンばっかで、しかも教育もリーマン育てる感じだろ? じゃあ、みんなリーマンになりたいかっていうとそうじゃない。それどころか、リーマンだってどこかで刺激を求めてる。絵でも音楽でもダンスでも、自己表現ができないなら映画でも、何かしらで刺激を求める人はいる。俺は絵が好きだから、絵を通して刺激を与えられたらって思ってる」
なるほどなぁ。
刺激……。だから、彼は大きい作品や残酷な作品を描きたいのかな。こうやって聞いても、絵を描く理由は十人十色。様々ある。
「美海は?」
「え?」
「なんで絵を描いてるんだよ?」
幸之助さんに言われて言葉が詰まる。
どうして?
その答えが私は見えてきそうで見えてこない。
「あれ、もしやない?」
誠さんに聞かれて、こくりと頷く。
「今探し中です。ちょっとした迷子なんです」
「理由なくとも描けるんだからすげぇよ」
幸之助さんは呆れたような感心したような表情で肩を竦めた。
「探し中ってことは捜さないと行けないの?」
誠さんに鋭いツッコミをされた。
仕方なく一連の話をすると、誠さんは苦笑いし、幸之助さんは何か苦いものを口に入れたような顔をした。
「あのおっさんに歯向かうとは……娘とは言え、すげー」
「……海外に行きたいという気持ちは変わってないの?」
「変わっていません。けれど、じゃあ、どうして行きたいのかっていうのがまだ……」
そういうと、幸之助さんは首をかしげる。
「理由が必要なタイプに見えないけどな」
「へ?」
「理由なく、めちゃくちゃすごい作品描く天才とかいるだろ? うちの大学来ても、美海は間違いなくトップだろうし。いや、でも、倉内さんの言うことって割と当たるからな……」
どういう顔をしたら良いかわからず困惑していると、幸之助さんは苦笑した。そういえば、幸之助さんはどうしてお父さんを知っているんだろう?
こないだの神楽カフェのときも、知っている口調だった。幸之助さんの担当は間宮さんだから、お母さんを知っているのはよく理解できる。おそらく、間宮さんがいないときに代わっているのだろうと予想がついた。
けれども、営業部長のお父さんは、査定も販売もほとんどしない。やっても神楽カフェみたいに大きな規模のイベントくらいだ。
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