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「……」
「このリストに美海のを混ぜたとき、申し訳ないけどちゃんと実績のある人の絵を買う」
「……」
「このリストに並んで、選ばれてもおかしくない画家になってほしい」
「実績を作るの?」
「そう。絵を売るのはまだ先だから、大人を含めたコンクールに受賞してほしい。大人顔負けってそういうこと」
お母さんの言葉はいちいち重かった。
「倉内さんも、これで納得しますよね?」
「ああ、ディーラーとして売りたい絵を描いてくれれば」
倉内さんと呼ぶお母さんはディーラーとして話をしてくれた。納得もした。けれど、私はそのときに認めてもらえなかったことが、悔しくて悔しくて、しばらくはお父さんとお母さんと口を効かなかった。
「あのとき、お父さんとお母さんが止めてくれなかったら、私はきっと剣崎さんに絵画展に誘われていないし、誠さんにも誘われていない。絵も買ってもらえていないと思う。だから、お父さんがああ言った理由があるのもわかっているよ」
お父さんは小さく息を吐くと、少し躊躇いながら、ゆっくり口を開いた。
「……俺の理由は一つしかねぇよ」
「一つ?」
「お前に後悔して欲しくねぇから。それだけ」
私は目を見開く。お父さんは見たこともない大真面目な表情だ。
「海外に行っても上手くいかねぇ奴は、やっぱりいるんだよ。ディーラーとしていれば嫌でも出会う。で、大抵中身のない状況なのに、奇跡っていうわけわからん期待を根拠に失敗する」
真っ直ぐ私を見るお父さんの話をちゃんと聞かないといけない気がした。フライパンの火を止める。私は彼の向かいに座った。
「奇跡?」
「日本にいて成功しねぇ奴の話な。海外にいけば成功するんじゃねぇかってよ。日本で成功しねぇなら、大半は海外でも難しい。『どうしてもこの絵を世界に広げたいから、俺は売りに行ってきます』って言った奴は、意地でも売って成功させてきたことあったけどな」
しーんと部屋が静寂を襲う。
「お前は成功してる方。それは認める。だけどよ、今のまま何も考えなしに海外へ飛んで、本当に成功するって確信持てるか? もし、そうやって気づいたときが海外にいるときで、誰も頼れねぇ状況は本当に好ましいか? 俺は躓かせてやれるのであれば、先に躓かせてここで考えさせた方が価値があると思った」
先に躓かせる……。なんて極端な考えなんだろうかと思ったけれど、ディーラーだからこそ言える言葉であって、父親だからこその心配や愛情であるとも感じられた。
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