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「剣崎さんはお前を世界に行かせた方がいいと思っているのは知ってるけどよ。俺は今のお前が世界に行く価値はないと思ってる。だから、金は出さない」
理由を聞くと、お父さんに対する気持ちは全く別のものになっていた。
「要は、覚悟があるのかって話。金を出さないって行って、お前がそれでも行きてぇなら行く価値はあると思う。だが、そこに何をしに行くか目的は持っとく必要はあんな。目標と目的はちげぇし。目標が剣崎翔琉を越えることなら、目的は剣崎翔琉を越えるために何をしていくかになる」
「そっかぁ……」
さっきの成功した人との話を思い出す。
その人は、きっと一つの絵に拘って、それを世界に売りに行った。絶対に売る。売るまで帰らないとも思っていたのかな。覚悟を持って。
そう考えると、やっぱり私は中身がない。
十和が背中を押してくれたから、覚悟できたつもりでいたのに。理由がない私に、覚悟なんて……まだないのかもしれない。
たとえば、十和で考える。十和はすでにお母さんを追いかける気満々で、むしろお母さんを越えるつもりなのかもしれない。
たとえば、理絵さんで考える。彼女は声を失って、きっとそれはそれは大きな覚悟で、元メンバーやファンと繋がっている。
たとえば、彩月ちゃんで考える。一度辞めた絵画に再び手を伸ばしたのは、相当な覚悟だと思う。
たとえば、山崎愛海で──。
ご飯を食べ終わったあと、お母さんは帰って来た。
「大変だったな」
「まあね」
お母さんはそう言いながら、何故か冷蔵庫からビールを出す。
「おめでた?」
「そうだね。だから、お祝いしたい。付き合って」
にやりと笑うとお母さんはお父さんと缶を付き合わせた。お父さんはどうやら、妊娠しているかもという話を聞いていたらしい。
「お祝いしたいとか言って、本当は嫉妬してんじゃねぇの?」
「推しと推しの子どもなんて、嫉妬どころか歓喜でしかないんだけど」
「健全なのか、異常なのかわかんねぇ返事だな」
呆れた顔で言うお父さんにお母さんは笑う。お母さんは私を生んでから、めっきりお酒に弱くなった。昔は、誰もが負けるくらい強かったらしいけれど、私は今のお酒に弱いお母さんしか知らない。
今だって、ちょっとしか飲んでいないのに、もう頬が赤い。
「健全に決まってるじゃん! しかも、剣崎さんと理絵ちゃんの子供だよ!? 可愛いに決まってるし! どこまでも可愛がるんだぁー」
まだ生まれてもいないのに、お母さんは上機嫌。お父さんは呆れた顔をしている。
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