十九章 理由

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「ちょうど、湊翔から結婚の話をもらったとき、私は長坂さんからも支店長の話をもらってた。支店長……やりたくなかったわけじゃないし、黄金の勝利が近くなるなら、それもありだとは思った。けど、支店長って何年も見据えるものでしょ? 一度やったら簡単に放り出せない。だから、私には覚悟が必要だった」 「覚悟?」 「お父さんを選ぶ代わりに、支店長にならずとも黄金の勝利のディーラーとして認められること」  ビールをごくごく飲んでいるお母さんはきっと明日は記憶にないのかもしれない。お父さんは照れたのか、そっぽを向いた。  お母さんって、本当にお父さんが好きなんだ……。  お父さんがお母さんを好きなのはわかるけれど、普段、お母さんがお父さんを好きかはあまり見て取れない。初めて、こういうところを見た気がする。 「あれは、俺も覚悟必要だったからな」  ぼそりと呟いてビールを飲むお父さんは未だにこちらを見ない。  けれども、覚悟が必要だったというのはわかる気がする。お母さんは黄金の勝利のディーラーになりたかった。それをお父さんはずっと近くで見ていたという。近くで見ていたら、もしかしたらお父さんは、自分がお母さんと結婚したいのをエゴに感じていたのかもしれない。  今や東京をまとめているお父さんに責任感がないはずはない。きっと、お母さんに結婚を申し込むのに躊躇したと思う。 「結婚申し込むの辞めようと思わなかったの?」 「言わないつもりだったけどよ。言わないとお前のおばあちゃんが、愛海との交際を 許してくれそうになかったんだよ」 「?」 「……昔は俺のこと全然認めてくれなかったかったんだよ」 「……おばあちゃんが?」 「そ」  お父さんは短く返す。未だにこちらは見てくれない。 「んで、結婚考えてんのか質問されちまってよ。支店長になるかどうかは愛海が決めることだから余計なことは言わねぇと決めてたのに、そこで言う羽目になった」  そうだったんだ……。おばあちゃん、好き嫌い激しいけれど、お父さんのことは結構好いているように見える。きっと、お父さんの並々ならぬ努力があったのだと思う。  そして、そんなおばあちゃんが、お母さんをよく心配しているのも知っている。しかも考え方は、だいぶ極端だ。結婚も考えていないような人と付き合うのはダメだと言ったことは、容易に想像がついた。 「んで、愛海を結構悩ましちまった」  お父さんの隣でお母さんはうとうとし始めた。こうなると、もう寝るだけだ。お母さんが眠ったのを確認すると、お父さんは寝室に彼女を連れていく。戻ってくると、お父さんはやっと私を見てくれた。
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