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「俺がヤキモキしていたことを坂根さんが飲みの席で、いい加減に決めろって愛海に言っちまってよ。愛海は俺に決意してたことを話してくれた。自分は支店長にならないって」
「けれど、それって……」
「俺にとっては重荷も良いとこだろ? けど、嬉しい自分もいて。わけわかんなかった」
お父さんは苦笑する。
「だから、俺を選んでくれたからには、愛海の夢を絶対に叶えるって思った。あいつが覚悟したように。俺も覚悟した。愛海が何を覚悟したかって、近道を選ばなくても絶対に黄金の勝利のディーラーになるってこと。夢への道はいくつでもあんだよ。大事なのは、選んだ道に対する責任だ」
私は、ハッとした。
夢への道はいくつでも……。お母さんはきっとこれを言いたかったのだろう。私はごくりと息を飲んだ。
私が覚悟すべきは、海外に行くことではない。
私が覚悟すべきは、どんな道を進んでも夢を諦めないということだ。
「まあ、それはもう少し先の話だな。まずは、なんで世界で通用してぇか、じっくり考えろ」
「……」
「そんな顔すんなよ。お前は山崎愛海の娘だろ?」
お父さんはニヤリとすると、飲み終わったビールを片付けるのに立ち上がった。
「ほんと!?」
「うーん。理絵さんが、彩月ちゃんには伝えておいて欲しいって。けれど、それは秘密にしていて欲しくて……」
「もちろん! うわぁ、嬉しいなぁ」
理絵さんの妊娠を伝えると、彩月ちゃんはとても喜んだ。電話越しなのに、飛び跳ねるように喜んでいるのがよくわかる。
「メールで送るのも変だから、私にお願いしたいと言われて……」
「うん。そうだよね。美海ちゃん有難う」
「うーん」
彩月ちゃんとは、そう言って電話を切った。私は、腕をぐっと伸ばす。目の前には真っ白いキャンパス。ふうっと、力を抜く。目を瞑った。
「……」
どんな絵を描こう?
いや、それより、今日は十和の入試合格発表日。当然、手がつくわけがなく、胸の中はざわざわしていた。
自分の高校入試のときは、あまり緊張しなかったのに、十和はきっと大丈夫だろうと思っても、ドキドキする。心臓の揺れが手まで響いて、絵も描けそうになかった。
ここ最近、ずっと剣崎さんのアトリエにいる。
別にもう家にいるのが気まずいわけではないけれど、自分の身体が気がついたら、このアトリエに馴染んでいた。ここなら、汚れることを考えなくて良いし、自由にできる。こないだは、頬に絵の具をつけたまま気づかずに帰って、お母さんに笑われた。
ブーブー
スマホが震える。
『いま、アトリエ?』
十和からだ。
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