十九章 理由

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『アトリエ』 『じゃ、そっち行く』  意地悪だ。合否を教えてくれない。けれど、ラインではなく、直接来ると言うことは、恐らく合格しているのだろうと思った。  少しピンとしていた線が弛む。  どうやらこちらに向かっていたようで、十和は割とすぐにアトリエに来た。インターホンが鳴って、玄関に迎えに行く。そこには、いつもと変わらない十和がいた。 「どうだったの?」 「気になる?」  口角を上げる十和に私もつられて口角があがった。 「おめでとう!」 「……言う前に言うな」 「十和が悪い」  私がそう返すと、十和は微笑んで、そのまま私を抱き締めた。 「本当におめでとう」 「有難う。昨日眠れなかったから、このまま寝そう」 「え、緊張していたの?」 「緊張しまくってた」  高校のときとは、全然違う。あの時は、さらっと私に合格したと言っていたのに。緊張もしていなかったと言っていた。  十和は私を解放する。 「で、いつも通り、倉内家で飲み会」 「十和の合格口実に?」 「そう」  十和は苦笑すると、スマホを出して、誰かに電話した。 「もしもし? 美海いた。何買ってけばいい?」  どうやら、お母さんみたいだ。そっか。お母さんもお父さんも仕事だから、鍵がなくて入れない。それで、私を迎えに来たみたい。 「え、俺の好きなもの? いやぁ、別に……」  と言い掛けて、止まる。私を見つめると、ちょっと照れたように目を逸らした。 「あ、食べたいもの見つかった。ああ、じゃ」  電話を切ると、十和は私をちらりと見た。 「山やんが好きなもの買ってきてって言ってたんだけど」 「ん?」 「わがまま言っていい?」  我が儘なんて珍しい。そもそも、今日は十和のお祝いだ。もちろん良いに決まっている。たとえ、ビーフステーキにしたって、大トロにしたって、うなぎにしたって、誰も怒らないと思う。 「もちろん。なに食べたいの?」 「……美海の料理」  言われて目を見開く。照れていたのは、そういう……。それにしたって、十和の我が儘が控えめ過ぎる。 「……私の料理でいいの?」 「毎日作ってる側からすると、手料理してもらうのってかなり嬉しい」 「そう?」 「作って?」  後ろにハテナがついているところを見ると、もしかしたら通らないと思っているのかもしれない。私は私でご指名いただいて、とても嬉しいのに。
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