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『アトリエ』
『じゃ、そっち行く』
意地悪だ。合否を教えてくれない。けれど、ラインではなく、直接来ると言うことは、恐らく合格しているのだろうと思った。
少しピンとしていた線が弛む。
どうやらこちらに向かっていたようで、十和は割とすぐにアトリエに来た。インターホンが鳴って、玄関に迎えに行く。そこには、いつもと変わらない十和がいた。
「どうだったの?」
「気になる?」
口角を上げる十和に私もつられて口角があがった。
「おめでとう!」
「……言う前に言うな」
「十和が悪い」
私がそう返すと、十和は微笑んで、そのまま私を抱き締めた。
「本当におめでとう」
「有難う。昨日眠れなかったから、このまま寝そう」
「え、緊張していたの?」
「緊張しまくってた」
高校のときとは、全然違う。あの時は、さらっと私に合格したと言っていたのに。緊張もしていなかったと言っていた。
十和は私を解放する。
「で、いつも通り、倉内家で飲み会」
「十和の合格口実に?」
「そう」
十和は苦笑すると、スマホを出して、誰かに電話した。
「もしもし? 美海いた。何買ってけばいい?」
どうやら、お母さんみたいだ。そっか。お母さんもお父さんも仕事だから、鍵がなくて入れない。それで、私を迎えに来たみたい。
「え、俺の好きなもの? いやぁ、別に……」
と言い掛けて、止まる。私を見つめると、ちょっと照れたように目を逸らした。
「あ、食べたいもの見つかった。ああ、じゃ」
電話を切ると、十和は私をちらりと見た。
「山やんが好きなもの買ってきてって言ってたんだけど」
「ん?」
「わがまま言っていい?」
我が儘なんて珍しい。そもそも、今日は十和のお祝いだ。もちろん良いに決まっている。たとえ、ビーフステーキにしたって、大トロにしたって、うなぎにしたって、誰も怒らないと思う。
「もちろん。なに食べたいの?」
「……美海の料理」
言われて目を見開く。照れていたのは、そういう……。それにしたって、十和の我が儘が控えめ過ぎる。
「……私の料理でいいの?」
「毎日作ってる側からすると、手料理してもらうのってかなり嬉しい」
「そう?」
「作って?」
後ろにハテナがついているところを見ると、もしかしたら通らないと思っているのかもしれない。私は私でご指名いただいて、とても嬉しいのに。
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