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空から無数の私が落ちてきて、地面に当たってちぎれ飛んだ。
人通りの少ない昼間の繁華街の、駅から出てすぐのことだった。
路面はいたるところ私の肉片だらけで、あらゆる場所が血しぶきを浴びている。
通行人が私の腸を踏むたび、ぐちゅ、と湿った音がなる。車が頭蓋骨を踏み潰して、またあらたな血しぶきが舞う。
誰も気づいてはいない。だから幻覚なのだとわかるが、色、匂い、音、何もかもが強烈な存在感を持って私に迫る。
私と同じ服、私と同じ顔の幾百の死体たちで、目的地までの道が舗装され、ちぎれた生首が、半壊した顔が、私の声で言うのだ。
帰れ、帰れ、帰れと。
いい傾向だ、と私は考える。
本当に危険な、私より格上の悪霊なら、こんな手間はかけない。ただ自分の憑いた物件で、気配を殺して、獲物が近づくのを待っている。そういう場合、気づいたときには相手の支配領域の中、ということになりかねない。
こんなふうに、警告を送ってくるというのは、私を嫌がっている証拠だ。
”お互いに”手に負えないレベルの相手ではない。ということだ。
ある程度の規模のホテルや、歴史のある旅館には、いわゆる「開かずの間」が一つか二つあるものだ。あるいは、住宅街の片隅に、人が死んだまま放置された、事故物件と呼ばれるもの。建物に残された死の痕跡は特殊清掃業と呼ばれる人たちの仕事によって消されるが、空間そのものに刻み込まれた負の情念、地縛霊、怨霊といった類のものは、それだけでは失くならない。
私達、最終特殊清掃人は、それら、霊子構造体と呼ばれるものを解体し、健康被害等を引き起こす有害なエネルギーの流れを、常人なら気づかないレベルにまで中和する。
最終特殊清掃人。それが私の仕事だ。
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