最終特殊清掃人

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 密集するビル街の隙間に、目標の建物の姿が見えた。ビル全体が霊子構造体に取り込まれている。私の視覚はそれを、ビルを取り巻き飲み込む巨大な熱帯の植物のように認識した。蔦とも枝ともつかない静かな力を持ったものが、建物の外周を幾重にも巻き、ビルを締め付け、捻じ曲げている。  霊子計を起動すると、見たこともない数値をモニターに映す。霊圧の分布は一様に高く、どこが中心ともわからない。  路上では、相変わらず何人もの私が帰れ、帰れと叫んでいる。  私はバッグからシリンジを取り出し、薬液を手首に注射した。霊子感能性を下げる効果がある。やがて、耳鳴りを伴う轟音が、耐えられる程度に静まった。空に太陽が燦々と照っていると気づくと同時に、左手の中の少女の手の感覚が不確かになる。私は振り返って、その手を握り直そうとした。  少女の頭越しに、人の顔をした烏のようなものが飛来してくるのが見えた。  少女を抱き寄せた。  烏の霊子体は、私にぶつかると鉄と硫黄の匂いを撒き散らして弾け散った。    私の弱点は、霊子感能性が高すぎることだ。並の清掃人ならノイズとしてすら認識できない霊子流のパルスに、実物同様に反応してしまう。だから、私は通常の清掃人が増幅する霊子感能性を、逆に薬物を使って下げている。それでも、対応する必要のないものに注意を割いてしまうことがある。こんなふうに。    普通の清掃人なら、今私の手を握っている少女の霊に、気づくこともなかったかもしれない。中核となる霊子構造体を解体すれば、自然と消え去る程度の霊子の淀みでしかない。仕事としてみれば。  それでもそれは負の感情と感覚の刻印であり、繰り返す苦痛と苦悩そのものなのだ。私はそれを無視できない。ヒロイズムに酔ってそう言うのではない。私はそれが弱点だと知っている。ただ、私が清掃人になる以外の人生を選べなかったように、見えてしまったものを見なかったかのように振る舞うことができない。ただ、それだけのことだ。     
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