最終特殊清掃人

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 私はメガネを取り出し装着した。ただのメガネではない。組織から支給されたものだ。本来は見えないものや見えにくいものを強調表示するための装具だが、私はこれを逆の用途に使っている。携帯端末と同期し、目標の建物を覆う植物群を選択すると、視界からそれらが消える。  ホテル:アズール、アルファベットでそう記されたネオン看板が、ようやっと確認できるようになる。  一階は駐車場。ストリートに面したわかりにくい入り口から、階段を登るとエントランス。部屋の画像と部屋番号が表示されたパネルがいくつも並んでいて、スタッフが対応するカウンターのようなものはない。脇に客室へと続く廊下と、エレベーター。   ホテルは普通に営業していて、いくつかの部屋は昼間から利用されている。私は依頼人から事前にキーを預かっているから、直接、清掃対象の401号室に向かう。エレベーターは避けた。根拠はないが、危険な気がした。  廊下つきあたり、非常階段を使う。踏み出すと、何かが客室から出てきた。  閉まったままのドアを透過して出てきたそれは、人間の男と女、ふたつの頭がついて、四本の脚と四本の腕で這い回る、巨大な蜘蛛めいた何かだった。二人分の四肢を分解して無作為に縫い合わせたもののように見える。その顔も、快楽と苦悶をパッチワークした解きがたい表情をうかべており、奇妙なすすり泣きめいた声をあげながら、あてどなく歩き回ったり、痙攣したりしている。    霊子構造体ではない。過去の残像、壁の染みに残った匂いのようなもので、実体はない。私は携帯端末を操作し、これも視界から消した。  非常階段。  ドアノブを覆うプラスチックのカバーを取り去り、押し開ける。  階段室に踏み込んだ瞬間、予想外のことが起きた。    めまいに似た感覚が一瞬よぎったかと思うと、天地が逆転していた。視界だけではない。私はとっさにしがみついたドアノブから、天井に向かってぶら下がって揺れていた。  上下逆さになった少女が、無感動に廊下から私を見ていた。        
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