第14話 本当の幸福

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第14話 本当の幸福

 ミッドグレイスの街中央には、大きな噴水が有名だ。その真ん中には女神の石像が有り、手にする水瓶から止めどなく水を注ぐという造りだ。かつての名工が生み出した一大昨品なのだが、リスケルの苛立ちを和らげるまでの効力は無さそうだ。 (しくじったな、やっぱり同行したほうが気楽だった……)  彼は噴水のへりに腰掛けつつ、往来の人々を眺めていた。やがて、待ち人の3人がまとまって戻る姿を見た。とりあえずは騒ぎを起こしていないことに胸を撫で下ろす。 「お前ら、揉め事は起こしてないだろうな?」 「当たり前ですわ、そんなヘマをすると思いまして? ねぇギーガン」 「ギーガン、うまくやった。心配ない」 「そうかい。じゃあ早速だが掴んだ情報を報告してもらおうか」 「この街ではホッコリイモが美味ですのよ」 「おいしかった。また食べたい」 「食レポしろだなんて誰が頼んだ!?」  リスケルがネイルオスを睨みつけると、その剣幕は両手を掲げることで和らげようとし、割と成功した。 「落ち着け。聞き込みならキチンと終わらせてある」 「よし。そんじゃあオレが得た情報とすり合わせるぞ」 「例の婚姻だが、下々の者共は反対のようだな。苛烈な重税が課されているせいだとか」 「それはオレも聞いた。ヤベェなんてもんじゃなかったぞ」  リスケルは疲れ顔の鍛冶屋を思い出した。彼らは王命に従って、朝も夜もなく働き通しなのだが、全てはフィーネ王女の結婚のためであった。しかも王家が買い上げるのではなく、税として徴収されてしまう。つまりはタダ働きだ。  これなら時間の浪費が無い分、金で納めた方が何倍もマシだと、青い顔で愚痴を溢したものだ。ちなみに鍛冶屋だけでなく、服飾に細工に馬車職人といった大抵の技術者は似たような目に遭っていた。 「この国は大陸の中でも小国らしいな。そのくせ、分不相応な贅沢を望むのは何故だ?」 「実はこのミッドグレイスは、本来ならもっと大きな国だったんだ。それこそ大陸の中心に立つ覇権国家として」 「つまりは領土を奪われたのか?」 「奪われたというより、内部分裂した感じだ。今から五十年くらい前かな、当時の宰相が東の方に国を造っちまって、独立したんだ。それが今のグラナイスト。本来ならミッドグレイスの王様が討伐すべきだったんだが、主要な貴族が領地とともに向こう側についちまった」  もちろん、若干20歳程度のリスケルは伝聞でしか知らない。それでも大陸を揺るがすほどの顛末は、誰もが認識する事である。 「つまり、主従が逆転したのか」 「まぁ形式上はグラナイストの方が下だけどな。実態はどうかと言うと、そんな事は子供だって知ってる」 「なるほど。つまりはかつての栄光から、不自然なまでに見栄を張っていると」 「元・宗主国だ。みすぼらしい醜態を晒したくないんだろ」 「皆は口を揃えたぞ。こんな事になるなら、姫が攫われたままの方が良かったと」 「酷ぇな。気持ちは分からんくもないが、言って良いことじゃない」  リスケルは世知辛さを溜息でごまかしたが、彼を囲む異界の者達からは共感を得られなかった。 「何が酷いのか。全くもって正論ではないか」 「どこがだよ?」 「貴様には、あのフィーネとやらが幸福そうに見えたか。街の人族どもは豊かになったか」 「いや、確かにボタンの掛け違いっぽくなったけどさ。攫われた人を助け出すのは正しい事だろ?」 「その結果がこれだ。国は荒れ、当の王女も政争の道具にされた」 「そうかもしんねぇけど……だったら正解は何なんだよ?」 「それは本人に聞けば良い」 「聞けば良いってお前さ」  ネイルオスは、なおも言い募るリスケルを無視してセシルの方を見た。 「あの娘はどうだ、かかり易そうに見えたか?」 「それはもう。気力減退の意志薄弱、赤子の手を撫でるくらいに簡単ですの」  それを言うなら『ひねる』だろう、などとつっこむ前に話はまとまってしまった。 「では急ごう。魔族は神速を尊ぶものだ」  ネイルオス達はそろって移動を開始した。リスケルは話が分からないままに、その背中を追いかけた。  そうしてやって来たのは湖のほとり。城の裏手に当たる場所のため、見張りの姿はほとんどない。仮に見つかったとしても、リスケル達は散策中にしか見えない事だろう。 「ここからであれば魔力が届くだろう。始めるとするか」 「そろそろ説明しろ。何をしようってんだ」 「ワシの思念を娘の元へと飛ばすのだ。本人は白昼夢でも見ている心地になる」 「そんな事が出来るのか」 「それよりも貴様は城の様子を探っておけ。邪魔者が居るようなら教えよ」  リスケルは半信半疑になりつつも、遠くの窓を覗き見た。フィーネの部屋には彼女以外には居らず、問題はなさそうだ。ちなみにモーシンだが、客室をあてがわれており、今もその部屋に滞在中だった。赤いマントと筋肉質な素肌は、離れていても見間違いせずに済む。 「いけるぞ。姫さんは1人きりだ」 「分かった。では始める」  ネイルオスはその場で胡座をかき、精神を集中させた。そして濃紫の波を生み出し、湖面に伝わる波紋のように、宙を走らせた。 「よし。娘の思念を捉えた」 「これで直接の対話ができるってのか?」 「あやつの意識はワシの手中にある。好きなだけ話す事ができよう」 「そんな事が……」  それからネイルオスは、濃紫のヴェールに覆われる両手を顔に近づけた。そして、重々しい口調で語りかけていく。 「我が声が聞こえるか。人族の娘よ」 「……はい、聞こえます。貴方は?」 「我が名などどうでも良い。人智を超えた存在とでも考えよ」 「わかりました……」  思いの外物分りが良いのも、フィーネが『掛かりやすい状態』であるからだ。違いのわからないリスケルは、ただ呆然とするばかりだ。 「哀れなる娘よ。貴様の悲痛な声が我に届いた。裕福な生まれであるのに、これ以上何を望むという?」 「はい。魔族のフアングという方が居ます。あの方に、せめてもう一度だけでもお会いしたいのです」 「会ってなんとする」 「分かりません。ですが、聖者様に討たれたと聞いております。無事かどうかだけでも……」  ここでセシルが咎める様な、そして見下すかの様な視線を送った。リスケルはそれを受けても、顔で悪態をつくばかりだ。 「ならば心から祈れ。そして運命に抗ってみせよ。さすればその願い、叶えてやらんでもない」 「本当ですか!?」 「肝に命じよ。悲願とは己が手で掴むという事を忘れるな」 「……はい。頑張ります、必死にやってみます。ですので、どうか、ひ弱な私をお救いください!」 「では次の言葉を待て」  ネイルオスはそのセリフを最後に構えを解き、立ち上がった。 「さてと、忙しくなるな。次の場所へと移ろう」 「今度はどこへ行くんだ?」 「無論フアングの元だ。ボヤボヤするな、時が惜しい」  矢継ぎ早に変わる目標に、リスケルはついていくのがやっとだ。それから街を出て、やがて人里離れた道を進むうち、ふと思い出した。 (そういや、そのフアングって奴はオレが倒したんじゃなかったっけ?)  リスケルは一抹の不安を覚えるが、気のせいであって欲しいと願いつつ、道無き道を歩き続けた。  
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