第16話 決闘の後には

1/1
前へ
/67ページ
次へ

第16話 決闘の後には

 フアングの復活には聖剣が必須。その言葉にはリスケルだけでなく、ネイルオスまでもがソワソワと落ち着きをなくした。身の置きどころも無いように、周りを見回しては押し黙った。 「ご安心ください。解放するには刃ではなく、柄に埋まる不気味な宝石を使いますの」 「それを早く言えよ……」  浮わついた空気は一変、安堵の息が漏れる。もちろん、フアングの部下達は眼を見開いて、理解が及ばないのだが。 「よし。早速始めるか」  周りの困惑など知った事ではない。リスケルは剣を鞘ごと両手に持ち、とりあえず魔力核の方へと近づいた。ここからどうするんだっけ。使用法に不安を覚えた次の瞬間、まるで暴風に背中を押されでもしたように、全身が吸い寄せられていく。 「うおっ、何だこれ!?」 「い、いかん!」  引きずられるリスケルを、ネイルオスは鞘を掴むことで押し留めた。それでも吸引力は変わらない。 「ネイルオス、何が起きてんだよ!」 「魔力の渦だ。気をつけねば取り込まれるぞ」 「聞いてねぇそんな話、おいセシル!」 「チッ。悪運の強い小僧ですこと」 「後で覚えてろ!」  悪態をつきつつも状況は危うい。本来であれば渦が生まれないよう、結界などを用いて細やかに儀式を執り行うのだが、今は専門家が不足していた。唯一の知識人も悪意を宿しているのだから、もはや場当たり的な対応を迫られてしまう。 「どうすんだよネイルオス!」 「局地的に魔力場が不安定になっておる、ともかく安定だ。収まるまで聖属性の魔力を送り込むしかない」 「オレは魔法なんか使えないぞ!」 「魔力はワシが送る、貴様は聖属性のコントロールに専念せよ」 「コントロールったってよぉ……!」  ネイルオスから注ぎ込まれた潤沢な魔力は、リスケルの両手を介し、聖剣から解き放たれる。しかし厳しい。ほんの僅かな気の緩みで聖属性の力がブレてしまい、魔力核は白に黒にと変色を繰り返していった。 「陛下、白くなった。やりすぎ」 「今度は黒くなりましてよ。気張りなさい小僧」 「あっ。また白くなった、さっきよりも」 「うるせぇぞ外野!」  リスケルはこの時、ラスマーオの夜遊びを思い出してしまった。酒場で雇った綺麗どころを目隠ししたままで捕まえるという、やや不純なアクティビティだ。後日、エミリアに知られた時なんかはこっぴどく叱られたものだ、傍観していたリスケルもセットで。 「……んな事思い出してる場合じゃねぇーーッ!」 「魔力が高まってきた、いよいよ正念場だぞ!」 「わかってる……ヘップシ!」  風に晒され続けたせいで、リスケルはくしゃみをひとつ。鼻から飛んだ青ッパナが、滑らかな軌跡を描き、核へと吸い込まれていく。一切の拒絶を見せる事無く、すんなりと。 「あっ……やべぇか」 「リスケル、気を抜くなと言ったろう!」 「お、おうよ!」  幸い、指摘する声は無かった。リスケルも、まぁ平気だろと気持ちを切り替える。  すると復活劇は佳境を迎えた。連続する甲高い金属音、そして白銀に染まる光線がひとつふたつと薄闇を切り裂く。そして、強烈な閃光がきらめいた時、風は止んだ。  いよいよ復活である。水晶片の粉が舞い散る中、姿を表した男はまさしく獣魔王フアングだった。 「オレは……どうして?」 「目覚めたか、気分のほどは?」 「あ、貴方様はネイルオス陛下!?」  しっかりとした足取りでフアングガ跪(ひざまず)いた。しかしネイルオス、精悍な青年を見て不審に思う。 「おや。こんな髪型をしていたか?」  頼もしい筋肉質な身体には、衣服がわりと言わんばかりに体毛が生えている。手足から頭までの全てが光沢の美しい銀毛だ。頭髪は野生動物を思わせる猛々しい外ハネ。ただし前髪の一部だけは、なぜか不自然に青みがかっていた。 「うわぁ、なんだこの汚ねぇ色は!?」  当人すらもうろたえる異変だ。心当たりのあるリスケルは、とりあえず眼をそむける。ただ、残念であったのは目撃者の存在だ。 「それ、鼻水ですのよ。聖者の小僧からテロンと出てましたの」  よりによってセシルという不運。 「おい、それ普通言うか? このタイミングで言うかよマジで」 「つうかテメェはリスケルか! なんでここに居やがんだ!」 「まぁ、色々あってさ。戦い続けたオレ達だが、今後はよく話し合ってだな……」 「何が話し合いだボケがーーッ!」  フアングは充填された魔力を存分に使い、神速の動きで殴りかかった。リスケルは頬を撃ち抜かれてしまい、勢いそのままに壁に激突、更には深くめりこんだ。 「立てよオラ、今度こそブッ殺してやる。それとも今のでオネンネか、オウ?」 「クソが。下手に出てりゃ、つけ上がりやがって……」  リスケルに鬼気迫る気配が宿り出す。さすがに世界屈指の強者は、立ち上がる仕草だけで周囲を威圧してみせた。これには流石のセシルも口をつぐみ、魔族達も後退る。平然としていたのは、ギーガンとネイルオスくらいのものだ。 「この犬ッコロが、生皮ひんむいて靴の裏側に加工してやるからな!」 「やってみろクソザコ野郎ッ!」  両者は真っ向から激突した。無遠慮の拳は頬に、胸に、腹に深々と突き刺さる。攻撃がヒットするたび洞窟内には衝撃波が走り、小砂利が雨のように振りしきる。 「おい、さっさと剣を抜け。ナメてんのか」 「うっせぇ。テメェなんざ素手で十分だカス野郎」 「丸腰相手に本気出せっか、早く抜きやがれ!」 「だから、こんくらいのハンデが丁度良いんだよ単細胞!」 「もう面倒臭ぇ、ミンチ肉にしてやらぁーー!」  こうなると2人には理性などない。もはや獣同士。むきだしの闘争心を、限界までぶつけ合う。そんな決闘であった。 「陛下。止めないの?」  ギーガンがぽつりと溢した。 「ワシは無理だ。洞窟が崩れぬよう、結界を張り巡らすのに忙しい」 「じゃあギーガンが行く。がんばる」 「よせ。あそこに割って入れるのはワシくらいだ。それに……」 「それに?」 「疲れきるまでやらせておけ。その方がよっぽど話しやすくなるだろう」  やがて様相は変わった。お互いに拳は緩み、腕は重たげで精細を欠く。そして肩で息をするまでに疲弊すると、どちらからでもなく、声をかけ合うようになった。 「ハァ、ハァ、どうした。もうお終いか?」 「チッ。粘着質なヤローだな。これだからニンゲンは気に食わねぇ」 「うっせぇよ。テメェこそ大概だろ」 「もういい、やめだやめだ。今日は見逃してやるからサッサと消えろ」 「おい、話し合いは……」 「やると思うかボケ。足りねぇ頭で考えてみろや」  ようやく殴り合いは終わった。だが雲行きは怪しい。このままでは交渉どころか、対話する事すら難しいだろう。仕方なくネイルオスは熟考し、ひとつ閃くと、物音の隙間を縫って小さくつぶやいた。 「フィーネ」  するとフアングは弾かれたように顔を振り向かせた。 「な、なぜその名前を……!?」 「フアングよ。あの娘が気になるか。ならばリスケルとの交渉に応じるのだ」 「し、しかし……」 「聞けぬというのなら、ワシも語る口を持たん」 「ムムム……ッ!」  ファングは、疲れ切ったはずの拳を硬く、硬く握りしめた。そして聞こえよがしの歯ぎしりを鳴らし、その場に座り込んだ。 「分かりましたよ! ただし、話を聞くだけですから。条件を飲むとかは別ですからね!」 「よしよし。素直なのは良いことだ。なぁリスケルよ?」 「オレに振るなって」  こうして、どうにか話し合いの場を設ける事ができた。ネイルオスは胸を撫で降ろしたのだが、より安堵したのはセシルや魔族達であった。  彼らは思う。こっちに来なくて良かったと。リスケルの矛先が向けられてしまえば、次の瞬間には眠りに就くハメになったと。対話の席に着いた今も冷や汗が止まらず、こっそりと額の汗を拭うのだった。  
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加