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第16話 決闘の後には
フアングの復活には聖剣が必須。その言葉にはリスケルだけでなく、ネイルオスまでもがソワソワと落ち着きをなくした。身の置きどころも無いように、周りを見回しては押し黙った。
「ご安心ください。解放するには刃ではなく、柄に埋まる不気味な宝石を使いますの」
「それを早く言えよ……」
浮わついた空気は一変、安堵の息が漏れる。もちろん、フアングの部下達は眼を見開いて、理解が及ばないのだが。
「よし。早速始めるか」
周りの困惑など知った事ではない。リスケルは剣を鞘ごと両手に持ち、とりあえず魔力核の方へと近づいた。ここからどうするんだっけ。使用法に不安を覚えた次の瞬間、まるで暴風に背中を押されでもしたように、全身が吸い寄せられていく。
「うおっ、何だこれ!?」
「い、いかん!」
引きずられるリスケルを、ネイルオスは鞘を掴むことで押し留めた。それでも吸引力は変わらない。
「ネイルオス、何が起きてんだよ!」
「魔力の渦だ。気をつけねば取り込まれるぞ」
「聞いてねぇそんな話、おいセシル!」
「チッ。悪運の強い小僧ですこと」
「後で覚えてろ!」
悪態をつきつつも状況は危うい。本来であれば渦が生まれないよう、結界などを用いて細やかに儀式を執り行うのだが、今は専門家が不足していた。唯一の知識人も悪意を宿しているのだから、もはや場当たり的な対応を迫られてしまう。
「どうすんだよネイルオス!」
「局地的に魔力場が不安定になっておる、ともかく安定だ。収まるまで聖属性の魔力を送り込むしかない」
「オレは魔法なんか使えないぞ!」
「魔力はワシが送る、貴様は聖属性のコントロールに専念せよ」
「コントロールったってよぉ……!」
ネイルオスから注ぎ込まれた潤沢な魔力は、リスケルの両手を介し、聖剣から解き放たれる。しかし厳しい。ほんの僅かな気の緩みで聖属性の力がブレてしまい、魔力核は白に黒にと変色を繰り返していった。
「陛下、白くなった。やりすぎ」
「今度は黒くなりましてよ。気張りなさい小僧」
「あっ。また白くなった、さっきよりも」
「うるせぇぞ外野!」
リスケルはこの時、ラスマーオの夜遊びを思い出してしまった。酒場で雇った綺麗どころを目隠ししたままで捕まえるという、やや不純なアクティビティだ。後日、エミリアに知られた時なんかはこっぴどく叱られたものだ、傍観していたリスケルもセットで。
「……んな事思い出してる場合じゃねぇーーッ!」
「魔力が高まってきた、いよいよ正念場だぞ!」
「わかってる……ヘップシ!」
風に晒され続けたせいで、リスケルはくしゃみをひとつ。鼻から飛んだ青ッパナが、滑らかな軌跡を描き、核へと吸い込まれていく。一切の拒絶を見せる事無く、すんなりと。
「あっ……やべぇか」
「リスケル、気を抜くなと言ったろう!」
「お、おうよ!」
幸い、指摘する声は無かった。リスケルも、まぁ平気だろと気持ちを切り替える。
すると復活劇は佳境を迎えた。連続する甲高い金属音、そして白銀に染まる光線がひとつふたつと薄闇を切り裂く。そして、強烈な閃光がきらめいた時、風は止んだ。
いよいよ復活である。水晶片の粉が舞い散る中、姿を表した男はまさしく獣魔王フアングだった。
「オレは……どうして?」
「目覚めたか、気分のほどは?」
「あ、貴方様はネイルオス陛下!?」
しっかりとした足取りでフアングガ跪(ひざまず)いた。しかしネイルオス、精悍な青年を見て不審に思う。
「おや。こんな髪型をしていたか?」
頼もしい筋肉質な身体には、衣服がわりと言わんばかりに体毛が生えている。手足から頭までの全てが光沢の美しい銀毛だ。頭髪は野生動物を思わせる猛々しい外ハネ。ただし前髪の一部だけは、なぜか不自然に青みがかっていた。
「うわぁ、なんだこの汚ねぇ色は!?」
当人すらもうろたえる異変だ。心当たりのあるリスケルは、とりあえず眼をそむける。ただ、残念であったのは目撃者の存在だ。
「それ、鼻水ですのよ。聖者の小僧からテロンと出てましたの」
よりによってセシルという不運。
「おい、それ普通言うか? このタイミングで言うかよマジで」
「つうかテメェはリスケルか! なんでここに居やがんだ!」
「まぁ、色々あってさ。戦い続けたオレ達だが、今後はよく話し合ってだな……」
「何が話し合いだボケがーーッ!」
フアングは充填された魔力を存分に使い、神速の動きで殴りかかった。リスケルは頬を撃ち抜かれてしまい、勢いそのままに壁に激突、更には深くめりこんだ。
「立てよオラ、今度こそブッ殺してやる。それとも今のでオネンネか、オウ?」
「クソが。下手に出てりゃ、つけ上がりやがって……」
リスケルに鬼気迫る気配が宿り出す。さすがに世界屈指の強者は、立ち上がる仕草だけで周囲を威圧してみせた。これには流石のセシルも口をつぐみ、魔族達も後退る。平然としていたのは、ギーガンとネイルオスくらいのものだ。
「この犬ッコロが、生皮ひんむいて靴の裏側に加工してやるからな!」
「やってみろクソザコ野郎ッ!」
両者は真っ向から激突した。無遠慮の拳は頬に、胸に、腹に深々と突き刺さる。攻撃がヒットするたび洞窟内には衝撃波が走り、小砂利が雨のように振りしきる。
「おい、さっさと剣を抜け。ナメてんのか」
「うっせぇ。テメェなんざ素手で十分だカス野郎」
「丸腰相手に本気出せっか、早く抜きやがれ!」
「だから、こんくらいのハンデが丁度良いんだよ単細胞!」
「もう面倒臭ぇ、ミンチ肉にしてやらぁーー!」
こうなると2人には理性などない。もはや獣同士。むきだしの闘争心を、限界までぶつけ合う。そんな決闘であった。
「陛下。止めないの?」
ギーガンがぽつりと溢した。
「ワシは無理だ。洞窟が崩れぬよう、結界を張り巡らすのに忙しい」
「じゃあギーガンが行く。がんばる」
「よせ。あそこに割って入れるのはワシくらいだ。それに……」
「それに?」
「疲れきるまでやらせておけ。その方がよっぽど話しやすくなるだろう」
やがて様相は変わった。お互いに拳は緩み、腕は重たげで精細を欠く。そして肩で息をするまでに疲弊すると、どちらからでもなく、声をかけ合うようになった。
「ハァ、ハァ、どうした。もうお終いか?」
「チッ。粘着質なヤローだな。これだからニンゲンは気に食わねぇ」
「うっせぇよ。テメェこそ大概だろ」
「もういい、やめだやめだ。今日は見逃してやるからサッサと消えろ」
「おい、話し合いは……」
「やると思うかボケ。足りねぇ頭で考えてみろや」
ようやく殴り合いは終わった。だが雲行きは怪しい。このままでは交渉どころか、対話する事すら難しいだろう。仕方なくネイルオスは熟考し、ひとつ閃くと、物音の隙間を縫って小さくつぶやいた。
「フィーネ」
するとフアングは弾かれたように顔を振り向かせた。
「な、なぜその名前を……!?」
「フアングよ。あの娘が気になるか。ならばリスケルとの交渉に応じるのだ」
「し、しかし……」
「聞けぬというのなら、ワシも語る口を持たん」
「ムムム……ッ!」
ファングは、疲れ切ったはずの拳を硬く、硬く握りしめた。そして聞こえよがしの歯ぎしりを鳴らし、その場に座り込んだ。
「分かりましたよ! ただし、話を聞くだけですから。条件を飲むとかは別ですからね!」
「よしよし。素直なのは良いことだ。なぁリスケルよ?」
「オレに振るなって」
こうして、どうにか話し合いの場を設ける事ができた。ネイルオスは胸を撫で降ろしたのだが、より安堵したのはセシルや魔族達であった。
彼らは思う。こっちに来なくて良かったと。リスケルの矛先が向けられてしまえば、次の瞬間には眠りに就くハメになったと。対話の席に着いた今も冷や汗が止まらず、こっそりと額の汗を拭うのだった。
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