第18話 綻びた嘘

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第18話 綻びた嘘

 グラナイストを横断する街道には、2つの歪な影がある。1人は妙に大柄で、もう1人は子供のように小さい。ラスマーオ達は、今も精霊師の里へ向けて移動する最中だった。  旅に慣れた2人である。別に気負った様子はなく、無言のままで変わりゆく景色に眼を向けていた。そんな時、エミリアがぽつりと囁いた。 「そうですか。ありがとう、良い子ね」  ラスマーオが声の方を見ると、エミリアの手には白い綿毛が浮かんでいた。彼女の使役する精霊が戻ったのである。 「ラスマーオさん。リスケル様をミッドグレイスの街で見つけたとの事です」 「おぉ、そりゃ吉報だな。すぐに向かうのかい?」 「……どうやら、またどこかへと立ち去ったようです。やはり予定通り、お祖父様の所へ向かうのが得策だと思います」 「そっか。まぁ、リスケルに危険は無さそうだし、急がなくても平気か」 「はい。出来ればすぐにでもお迎えしたいのですが」 「心配すんなよ。もしかすると、一人旅を楽しんでる最中かもしれないぞ」  軽口を挟みつつも、2人は胸を撫で下ろした。まずはリスケルが無事であること、そして無謀な戦闘を挑まずにいることを知ったからだ。  そうと分かれば、自然と足取りは軽くなる。ラスマーオは、今日中に進めるだけ進もうと考えた。だが迎えた三叉路の前で、エミリアが立ち止まった。 「おっと、どうしたんだよ。道はこっちだぞ」 「すみません。少し寄り道をしても良いですか。迷い子の気配があったので」 「マジかよ……。それは見つけてやらないとな」 「こちらです。参りましょう」  エミリア達はしばらく街道を進むと、やがて道から外れて草むらの中に足を踏み入れた。辺りの木々は次第に数を増し、やがて深い森になる。それでも足を止めずに行くと、一変して開けた場所に出た。  50棟ほどの民家が集まる森の中の集落。ただし、その全ては倒壊している。屋根は落ち、壁は砕かれ、石畳の焼け焦げた跡が痛々しい。 「ここは、魔族に攻め滅ぼされた村だよな。2年くらい前だったか」  ラスマーオは壁に刻まれた、大きな爪痕に眼をやった。これは邪神がドラゴンを従え、一夜にして焼き尽くした為だ。そのような説明を防衛隊から聞いていた。抗いようのない猛攻だったろう。何の抵抗もないままに命を落とした事は、傷跡だけでも容易に想像できた。  どこか感傷にふけるラスマーオとは違い、エミリアは廃墟の前まで歩み寄り、膝を折った。するとその仕草に反応してか、物陰から人の気配が漂うようになる。ただし姿かたちは無い。薄ぼんやりとした青白い光球が、かくれんぼする様に見え隠れするばかりだ。 「すみません。アナタ達に気付いてあげられなくて」  エミリアは膝を着いたままで両手を組んだ。すると胸元にはきらびやかな輝きが宿り、そよ風が祝福するように辺りを撫でていく。聖属性魔法による昇天の儀式が、いま執り行われそうとしていた。 (誘う風、澄める空。理へと至る道。あまねく精霊を司りし女神の慈愛は、遥か雲のかなたに在り)  詠唱をつむぐ声は優しい。死を悼む気持ちがそうさせるのか、それとも儀式に欠かせないものなのか、ラスマーオは知らない。 (福音よ永久に、祝福よ永劫に。ただ大いなる御業の導くまま、赤心の求めるままに集い、眠れ)  すると、太陽の日差しが雲を突き破り、光の筋がエミリアに降りた。あとは迷える魂が空に昇るのを待つばかりだ。 「さようなら。次の人生こそ、きっと幸福に満ちたものになるでしょう」  本来であれば光に誘われて、迷い子たちが1人、また1人と飛び立っていくはずだ。しかしどの光球も辺りに留まったままだ。普段とは異なる様子に驚くエミリア。そんな彼女のもとに、1つの光球がフワリと舞い始める。 「アナタたちは一体……」  その時、確かにエミリアは聞いた。この村で起きた惨劇を。途方もない恐怖と苦痛を。  そして、何者かが企む陰謀の片鱗を。 「そうですか。皆さんは私に、その事を伝えたくて……」  エミリアの頬に涙が伝う。それはポタリ、ポタリと、黒ずんだ石畳を優しく濡らした。 「ごめんなさい、助けてあげられなくて。ありがとう、大事な話を教えてくれて……」  涙で歪む視界は、光球が揺れ動くのを見た。そして、それらはやがて1つの群れとなり、澄み渡る青空へと昇って行く。彼女が泣き止んだ頃、天と地をつなぐ架け橋は消え去っていた。 「なぁ……エミリア」  ラスマーオはおずおずと声をかけた。するとエミリアは指先で目元を拭い、静かに立ち上がった。 「ラスマーオさん。この村は魔族の非道によって焼かれた。彼らは何体ものドラゴンを引き連れ、抵抗する暇も許さずに焼き尽くしたと。そう聞きましたよね」 「あぁ。グラナイストの衛兵から聞いてる。邪神自らの出陣で、警備兵も簡単に蹴散らされたって」 「それは嘘です。ドラゴンを率いて暴虐の限りを尽くしたのは、人族だったと」 「なんだって!?」 「そう、迷い子が教えてくれました」 「そんな無茶な。だいたい、どうやってドラゴンなんか従えるんだ。人間がコントロール出来たなんて話は聞いたこともねぇぞ」 「はい。理屈はわかりません。ですが、この話が事実であったなら」  エミリアが射抜くような視線を発した。彼女の祖父にそっくりだと、ラスマーオは思う。 「この人魔大戦は、何者かに仕組まれた可能性が高い、という事です。それも表沙汰にできないような、暗い情念によるものです」 「おいおい……つうことは何かい。魔族との戦争は、誰かの陰謀って事か?」 「そう考えるのが自然です」  そこまで言い切ると、エミリアは杖を支えにうなだれた。その様は、自責の念に押しつぶされるかのようだ。 「早くこの事をリスケル様にお伝えしたいのに。私にはその術がありません……」  悲痛な面持ちのエミリアに反して、ラスマーオは笑ってみせた。口ぶりは軽口を叩く程に軽快だ。 「あんま気にしなくて良いんじゃねぇの。アイツ、よく分かんねぇけどスゲェ奴なんだよ」 「確かに、尋常な方ではありませんが……」 「アイツさ、たまに妙な事やらかすだろ。思わず首をひねっちまうくらい訳分かんねぇこと。でもよ、それで何故かうまーく物事がハマッちまうんだわ」  エミリアはうつむきながら過去を振り返った。すると、旅で見聞きした記憶が浮かんでくる。  エミリアとは無関係の女性を驚かせた時、実はその相手が家出少女で、無事に親元へ送り帰せた事。悪ふざけで食べた毒キノコに当たってしまい、散々に醜態を晒した時も、そのキノコには精神魔法を無効化する効能があった。おかげで四天王の一角を、接戦の果てに倒す事が出来たものだ。 「言われてみれば、心当たりが沢山ありますね」 「だろ。あれは計算じゃねぇ、たぶん勘でやってる。それなのに滅多に外さねぇから不思議だよな」 「聖者とは精霊神様に愛されし存在。我々とは比較にならない程の加護を授かっているのでしょう」 「羨ましいぜまったく。オレもあんな風に破天荒に生きてみてぇわ」 「リスケル様の快活さは、疲れ果てた人々に力を与えるでしょう。世界を導く方に相応しい気質ですよね」 「へへっ、その通りだな」  ラスマーオが爽やかに笑いかけた頃、エミリアも既に普段の様子を取り戻していた。小さな背筋をピンと伸ばし、頬にも優しげな笑みが浮かんでいる。 「さぁさぁ、精霊師の村へ急ごうぜ。爺さまなら色々と知ってそうだからな」 「はい。お祖父様であれば、陰謀を見破ることも難しくないはずです」 「リスケルーー! とんでもねぇニュースを持って会いに行くからな、腰を抜かすんじゃねぇぞーー!」  ラスマーオが遠くの空に声を響かせると、気が済んだのか、肩を並べて歩き始めた。  向かうは南西。国境付近の精霊師の里。彼らの力強い歩みは、日暮れを迎えるまで休みなく続いていった。
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