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第23話 ミッドグレイス騎士団
ミッドグレイス城は強い緊張感で張り詰めていた。2度目の誘拐を許したが為に王の怒りは凄まじく、怒号は連日連夜にわたって響き渡った。捜索令は既に国内へ伝わっている。騎士団はもとより国境警備隊までもが駆り出され、それは草むらまでも掻き分ける程の徹底ぶりだった。
そうして慌ただしく国中が揺れる中、モーシンも探索に挑む1人である。ただし身分が客人であるので、統率権はもっておらず、単独行動を強いられた。リスケルの力を借りようかとも思ったが、やめた。彼の胸でたぎる自責の念が許さないのだ。
「不覚、生涯最大の不覚! この私がついていながら、おめおめと攫われようとは!」
先日、激戦の繰り広げられた高原まで来た。背後からの攻撃は妙に的確で、まだ首筋に痛みが残っている。だが、その程度の軽症に構うつもりは無かった。
「せめて何か手がかりでもあれば……おや?」
モーシンは視界の端に舞う何かを見つけた。それは綿毛のようであり、しかし風に流されるでもなく、どこかを目指して飛び去ろうとしていた。
「あれは光の精霊。もしかすると、精霊神様のお導きが!」
彼の母国スノザンナにおいて、光の精霊は導き手として有名だ。民間伝承において、猛吹雪から救われたとか、負傷者を見つけただとか数えればキリが無いほど。
ワラにもすがる想いのモーシンにとって、これは偶然ではなく必然だった。
「精霊よ。どうか愛する者の元へ導きたまえ……」
見失うほどの速度ではない。馬の足並みを落とし、まるで遊山のようにノンビリと進んでいく。もちろん心は焦れる。しかし、闇雲に探すよりはと自身に言い聞かせ、綿毛の後を追い続けた。
深くなる森を進み、馬上のまま小川を飛び越え、斜面を登る。そうしてまで根気強く追跡を続けると、ようやく木々の隙間に見つけた。魔族の住処である大きな洞穴を。
(あれは、フィーネ殿! 無事であったのか)
洞窟からは攫われた姫と、何人かの魔族が姿を現した。背筋を伸ばしているのは、長々と続く会議に疲れた為だ。
もちろん、モーシンにそのような事情など知る由もない。彼に迫られたのは2択でしかなく、このまま突貫するか、仲間を呼ぶかである。
(……ダメだ。数が多すぎる)
直情的なモーシンも、さすがに戦力比から冷静になった。現れた魔族の数は多く、その中には宿敵フアングまでもが混じっている。一対一ならいざ知らず、全てを倒して奪還となると、相当に分が悪い。いや、不可能と言って良かった。
(すまぬ、フィーネ殿。必ずや御身を助けてご覧にいれる!)
モーシンは静かに馬首を巡らすと、一直線に都へと戻った。
さっそくミッドグレイス王へと報告すると、王は破顔して喜び、モーシンに兵を貸し与えた。それは精鋭中の精鋭、王国騎士団である。ただし指揮権は団長が握るため、モーシンは先導がてら同行を許された、という程度であった。
昼時。都を発った救出隊は迅速だった。並の騎兵など比較にもならない速度で駆け抜け、フアングの洞窟へと辿り着くまで、それほど時間を要さなかった。だが努力の甲斐もむなしく、一足遅れてしまう。
「団長、洞窟の中には誰もいません!」
「何か手がかりはないか?」
「カマドや寝床など、何者かが使用していた形跡があります。おそらくは数百規模かと!」
「……そうか。では逃げられたのだな」
「おのれ。悪運の強い連中め!」
モーシンは後悔の念から叫び声をあげた。やはり、あの瞬間に突撃すべきだった。勝てる見込みが薄くとも、僅かな望みに賭けるべきだったのだ。そう自身を責めても、全ては後の祭りである。
その一方で団長は冷静だった。馬を降り、地面に顔を近づけて観察すると、重要な手がかりを1つ掴んだ。
「見ろ。ここに馬車の轍(わだち)がある。しかも新しい。貴人がわざわざやって来るような場所でもあるまいに」
団長は地面に刻まれた溝を睨んだ。それは東の方へと続いている。
「こちらの方へ人をやれ。急げ!」
その号令で、騎士が10、20と飛び出していく。団長は続けて小休止と命令したが、モーシンは馬から降りただけで、休もうとはしなかった。今すぐにでも駆けつけたい想いが強く、そして自分の不甲斐なさが許せないのだ。
陽がいくらか傾いた頃のこと。ようやく偵察が戻ってきた。続々ともたらされる報せは、敵影なしばかりで、空振りばかり。だが、最後の一隊だけは違った。
「報告します。ここより真東を魔族の集団が移動中、その数およそ500!」
「真東だと? まさか連中は国境を越える気か?」
「このままでは、夜半過ぎにはグラナイスト領に到達するかと」
「そうなれば厄介だ。総員出立、全速で追いかけるぞ!」
団長の号令で、騎士団は整然となって駆け始めた。騎馬には不向きな森の行軍だが、悠々と進んでいく。東方面はいくらか木々がまばらで、起伏も比較的緩やかなである事が幸いした。それでも平地と変わらない進軍速度には、モーシンも舌を巻いた。
(いける。この戦力ならいけるぞ!)
モーシンは期待に胸を膨らませることで、焦る気持ちをなだめた。
陽が傾きだし、空が赤く染まりかける。残された時間は多くない。急げ、急げと、握る手綱に力がこもる。そのため、彼らは気づかなかった。人里離れた森の中で、不格好な杭らしきものが埋まる異常さに。柵にも道標にも見えないそれに、もっと警戒すべきだったのだ。
「ワッショイ、オラァーーッ!」
唐突に響き渡る掛け声。騎士団からではなく、その筒状のものから聞こえてきた。それは両側に伸ばした棒に長いツタが括り付けられており、ムチのように振り回された。的確に足を打たれた騎馬は、その場で何騎も倒されてしまう。
これは伏兵だ。最後尾のリスケルが足止めの為、独り静かに待ち受けていたのである。
「な、なんだ。魔族の罠か!」
「ハッハッハ。ここはオレが通さないからな、覚悟しやがれ」
「何者だ。名を名乗れ!」
「オレの名はリス……!?」
あわやリスケル、本名を叫びかける。何のためにワザワザ擬態したというのか。素直すぎるのも考えものだ。
「リス?」
「り……リスさんに愛されて50年のステキ切り株だ!」
「リスさんに愛されて50年のステキ切り株だと!? よく分からんが、魔族なんだな!」
騎士達が困惑しつつも腰の剣を抜き放つのを見て、リスケルも胸を撫で降ろした。どうにか誤魔化せたと、足止めも成功したと。そう安堵しかけたのだが。
「団長、迂回路を見つけました! 起伏は激しいですが進めます!」
「よし、進路変更だ。訳の分からぬ輩は捨ておけい!」
「えっ。何それズルい!」
またたく間に態勢を立て直した騎士団は、再び一体になって走り出した。森の片隅で、呆然と立ち尽くすリスケルを残して。
「ま、待ってぇーー!」
懸命に追いすがるリスケル。だが、肩を揺らしてヒョコヒョコと歩む彼は、絶望的なまでに遅かった。
足止め作戦は大失敗だ。この失策が後に大きく波紋を広げる事になるのだが、戦の趨勢はどう転ぶのか、それはまだ誰にも分からなかった。
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