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45才高校生誕生
目の前に迫る電車!
(俺の人生もとうとう終わった)
線路のレールの中で倒れて動けない。
ただ、電車のヘッドライトが眩しく警笛音とブレーキ音が激しく鳴り響く。
30メートル手前まで迫ってる。
数分前、、、
俺の名前は姫野康二(ひめのこうじ)都内のリサイクルショップで修理担当で勤務しているくたびれた45才のおっさんである。
髪も前頭部から頭頂部まで最近薄くなりはじめ、このままだと落武者のようになるんだろうと思い側頭部を刈り上げて頭頂部が目立たないようごまかしている。服のセンスも決してオシャレとは言えない見た目、ただの独身のおっさん。
だがこんな俺でも高校時は空手の全日本選手権でも優勝したりと名を知れた程輝いていた。卒業後は日本代表選考会から外れた事もあり、空手から離れ小さな頃から憧れていた調理師を目指し、専門学校を経て一流ホテルのフランス料理店で30才まで働き腕を磨き、横浜の新設ホテルのシェフのトップとしての輝かしい将来を約束されていた。が、ホテルの経営破綻からその話は無くなった。
同時にそのことが原因で企業のお嬢様との婚約も破棄になった。
思えばそこが人生の転落の始まりだった。
それからは調理の仕事からは離れていろんな職を転々として、で、今の仕事を十数年している。その間にもう一度結婚寸前までいったのだが、その相手は結婚詐欺の女でまんまと騙された。数百万円失ったが貯金はまぁまぁあるので金銭的には諦めがついたが、それよりも女性に対しての信用不信になり、女性と話すことさえ避けるようになった。原因の詐欺女は見つからず、当時はかなり落ち込んだ。
それからの俺の趣味はというと関西のマイナーなアイドルグループのナナちゃんのファンでこっそりチェックしてこっそりと応援するのと、仕事帰りに一杯呑んで帰るくらいが楽しみである。
今夜もいつも通り仕事が終わり、帰路への乗り換えのためホームを歩きながら結婚式帰りであろう酔っ払いの中高年のグループと私服の若い子や家族連れが多いのを見て
「そうか!今日は休日か」
とひとりごとをつぶやく。
自分の仕事は土日祝は休み無しだ。と言うことを思い出してまたため息をつく。またすれ違った高校生くらいのカップルを見て
「初々しくていいなぁ。また高校生に戻りたいなぁ」
などとブツブツと再びため息。
前方から4人組の女子高校生がキャイキャイ楽しそうに歩いて来る。部活帰りのようだ。
(こんな子らには俺はどう見えるのだろう?気持ち悪いおっさん?いや、視線にも止まらないのだろうなぁ)
なんて事を思いながらすれ違う。
と、その時、その中のひとりのバッグからスマホが落ちた。女の子は会話で忙しいようで全く気付いていない。俺はとっさに
「あのースマホ落としましたよ!」
呼んだが聞こえてない様子。急いで拾って追いかけようとしてしゃがんで手に取り立ち上がろうとした。
その瞬間!!
後ろからフラついて歩いてきた年配の酔っ払いのおじさんが俺の背中にぶつかった。
立ち上がろうとして受け身が取れないタイミングだったので俺はそのままホームから線路へと転落した。
頭がボンヤリする。
体のどこから落ちたのかわからないが、線路内で意識もうろうとしながらなんとか立ち上がろうとする。が、下半身が痺れて動けない。
(やばい!)
そう頭で思いながらも、どうにも体が動かなく硬直している。ホームの上から人だかりで騒いでるようだが何も聞こえない。でも雰囲気で大騒ぎになっているのだけはわかる。
と、その時!!
眩しいの光が目に入った。
電車が入ってきたのだ。
そして電車の警笛音とブレーキの激しい音が鳴り響く。
(もうダメだ)
(後悔だらけの人生だったなぁ)
眩しい光と警笛音!
プァーーン!!キキーッ
プァーーン!キーーッ
プァーン!!
プァーーン!プァーン!ウィーン、、、
ウィーン、、、ウィーン、、、ウィーン
ウィーン、ウィーン、、、
眩しい光と警笛音?いや、電子音?
「じ、、、うじ、、、こう、、、」
「こうじ!」
「こ、う、じ!!」
え?あれ?眩しい。でも眩しいのは電車のライトではなく窓から入ってくる光だ。
と、同時に目の前で俺と同じくらいの年齢であろう美人な女性が名前を呼んでいる。50センチほどの近い距離で、、、
(これは夢?それとも天国なのか?)
「あれ?、、、で、電車は?」
俺は不思議に思い、その女性につい声を漏らす。
女性は目覚まし時計を止めながら言う。
「はぁ?」
「なに寝ぼけてるん?早く起きなさいよー!」
さらに呆れたように
「あんたもう高校2年になるんだからそろそろしっかかりしなさいよ!」
と、言い放ち部屋から出て行く。ドアは閉めず開けたままである。
(ん?なにがどうなってる?
頭がパニックだ。これは夢なのか?俺は電車にひかれたはず。なのに、、、ここは?)
まわりを見渡してみる。上は白い天井と蛍光灯。
部屋の広さは6〜8畳くらいだろうか。ベージュのじゅうたんが敷いてある。
自分はベッドの上。やや青っぽい布団はフカフカでこんな布団で寝た記憶は数十年無いだろう。
横に机がある。プリントが乱雑に散らばっており参考書や教科書らしき本と炭酸飲料が入った半分くらい飲みかけのペットボトルもある。
その横にそんなに大きくない本棚があり、そのほとんどがマンガのようだ。
(病院ではないようだ、、、)
足元の辺りには20インチほどのテレビとテレビ台。その前にTVゲーム機。ゲーム機のコントローラーも雑に転がっている。
本棚の横にはスチール製のパイプにいくらかのハンガーに衣類を吊るしている。その中に紺のブレザーとグレーのパンツに目が止まる。
(高校、、、の、、、制服?)
机の横をよく見ると学生カバンらしきものがある。
どうやら男子高校生の部屋のようだ。
(でもなぜこの部屋に俺が?)
そう考えながら布団に潜る。
また考える。
(なぜさっきの女の人は何も疑わなかったのか?)
そう考えていると開けっ放しのドアの向こうから話し声が聞こえてきた。
「すずー!こうじもう一回起こしてきてー」
(さっきの女の人の声だ)
「えー!?またすずが起こすん?」
(若い少女の声のようだ)
女の人「手が離せないからお願いー」
少女「もぉ!いっつもやん!」
すぐにドンドンと歩いて来る音。音からすると階段を上がって来る音だろうか。そしてドカドカと大きな足音と共に少女が開きっぱなしのドアから現れる。と、同時に
少女「はよ起きろや!アホ兄!」
そう言いながら掛け布団をもぎ取る。
(おっさんだとバレる)
そう思い顔を両手で隠す。
少女「きもっ!何してんねん」
と少し驚きそして吐き捨てるように言い放った。
(ん?不自然に思わないのか?)
そして顔を隠している両手をおろして少女の顔をおそるおそる見た。そこにはさっきの口の悪い言葉使いとは全く真逆の制服を着たポニーテールの可愛らしい少女が立っていた。こんなに若い女の子とはお客さん以外とは久しく話したことはない。そして
少女「毎日起こさせるなや!アホ!」
と言い放ちドアを勢いよくバタン!と閉めドカドカと出て行った。
さっきの女の人といい今の少女といいどうも俺がおっさんだと気づいてないようだ、、、というか、どちらかというと知人に対するような反応だ。
とっさに俺はベッドから出て机の上にある鏡を見た。
「これは、、、!」
思わず口に出た。なぜなら鏡の中には10代と思われる青年が映し出されているからである。しかも自分とは全く正反対に肌は綺麗で目がキリッとしていてどちらかと言うとイケメンの部類に入るであろう。髪は寝癖でクシャクシャになってはいるがツヤがある。
今度は部屋の片隅に全身を映せる鏡があるのに気づきそこの前に立ってみる。黒のヨタヨタのジャージを着てはいるがスリムなスタイルだ。身長は170センチは軽く超えているであろう。
俺は頭の中をフル活動して整理してみた。
線路に転落し身体が動かずもうダメだと思った瞬間、目が覚めた。そこは家の中の部屋のベッドの中。女の人と少女が入れ替わりで入ってきたが俺を知っている。そう言えば俺の事をアホ兄と言っていたから妹のようである。そして女の人は母親だ。俺の容姿も10代になっているし部屋にある物から察するに学生のようだ。
机の上にある資料を探ってみると『神戸青海高校』と書いてある文面を見つけた。高校生のようだ。さらに財布の中から学生証を発見。高校2年生ということがわかった。と同時に名前が『姫野康二』だという事もわかった。
(同姓同名なのか…)
なぜこんなことになったのかは分からないが、どうやら俺は高校2年生になっているということは理解した。夢かもしれないが夢にしてはリアルすぎる。
俺は部屋のドアを開けてあたりを見渡した。
前にひとつ部屋があるのと隣にもうひとつ部屋がある。隣の部屋のドアには『康二、入るな!』と紙が貼ってある。妹にはウザがられているようだ。
今度は階段をゆっくりとおそるおそる降りてみる。食べ物のいい匂いがする。テーブルと4つの椅子があり女の人とさっきの口の悪い妹らしき少女が向かい合って座り和食のご飯を食べている。
俺に気づいた女の人…いや、母から
母「何ボーッとしてんの?早くしな遅刻するよ!」
と言われたので、
「お、おはようございます」
と言った。母と妹はしばらく驚いたような素振りで2人見つめ合った後
母「お、おはよう、、、どうしたん?」
妹「きもっ!まだ寝ぼけとるわ!」
予想外の反応だ。
「あ、先にトイレ」
俺はとっさにその場から離れる為トイレへと逃げた。 なぜか不思議とトイレの位置はわかった。
食卓の方から何やら話し声がするので俺はトイレのドアを少し開け盗み聞きをする。
妹「おにぃ今日めっちゃ喋るやん」
(喋るって、おはようございますとトイレって言っただけなのに)
母「今日はママ幸せ〜」
妹「いや、ママはおにぃに甘いねん。だからあいついつも調子に乗って無視するねん。」
母「反抗期やから仕方ないわ。今日はママにおはようって言ってくれたから収穫やわー。あ、すずー今日はこうじと一緒に学校行ったってちょうだい」
妹「えー!無理!兄妹で一緒に通学って恥ずいやん」
母「お願い。今日あの子ボーッとしてるから心配やねん」
妹「無理ー!」
母「お願いやん!すずちゃーん」
妹「もう!何言っても無駄やな。今日だけやからな!とりあえずあの何事にも興味のない性格なんとかしてほしいわ。いつもゲームしながらニヤけてるしほんま友達がいるのが不思議や」
(えらい言われようやな、、、てか俺ってとんでもない奴じゃん!)
そう思いながらトイレから食卓に戻る。
妹「おにぃ!あと10分で出るで!」
「お、おう」
「い、いただきます、、、」
母と妹はまた驚いたように顔を見合わせる。それを察知した俺は超高速でご飯をかき込んだ。そして食べ終わり部屋に戻って制服に着替えた。
なぜかスムーズに制服に着替え学校への必要な物をカバンに詰める事ができた。不思議と必要な物とある程度は体が勝手に反応した。というか記憶にある。ところどころではあるが記憶に残っているのである。
さっきの母と妹のことも実はご飯を食べてる最中にいくらかの記憶があることが自分で気づいた。この部屋も見覚えがあるのもそのせいかも知れない。
(最低限の記憶はある…のか?)
ゆっくりと考えたいが、時間も迫っているので顔と歯磨きをするために部屋を出て1階の洗面所へとドタドタと向かう。
妹は玄関で靴を履こうとしながら
妹「急いでやー!」
「お、おう」
俺は急いで歯磨きをし、寝癖を水でサッと整えると玄関に向かった。母が気づいて
母「いってらっしゃい〜」
と声をかけてくる。
俺「いっ、、、、」
と言いかけたが
(俺、無関心な奴だっけ?)
と思い言うのをやめ無言で苦笑いをしている母を後目に運動靴を履いて家を出た。出ると家の前に妹がイライラしながら待っていた。
妹「遅いわアホ!」
(美少女だけどほんと口の悪い)
とあらためて思った。
駅までは徒歩で15分ほどだ。
(自転車を使わないんだ。)
素朴な疑問だが今は何も言わないことにした。きっと口の悪い妹に何か言われそうな気がするからだ。晴天の中お互い無言で早足で歩く。そして
(若い体ってこんなに軽いんだ!勝手に足が動く上に全然疲れないぞ)
と実感した。と、同時にさっきは疑問に思わなかったが、机で資料を探している時に老眼鏡を使わなくても学校のプリントの文字がくっきりと見えたことも思い出した。
(老眼鏡が必要なく体も軽い)
正直パニックになっていた心が少し和らいだ。そして
(駅までの道も分かるぞ)
そう、不思議な記憶があるのだ。今になってだが両親の名前も記憶としてある。というか突然頭の中に浮かび出てきた。さっき起こしてくれた母の名は美也子『みやこ』と言い、この生意気な妹は鈴音『すずね』という。妹との幼少期からの記憶もまばらにある。
(なんなんだいったい、、、)
そんなこと考えてると妹の鈴音が話しかけてきた。
鈴音「おにぃ!すず、めっちゃ仲良しの友達出来たよ」
俺「へぇ、、、」
俺は相づちを打つ。
鈴音「菜菜香『ななか』っていう子でとっても気の合う子やねんよ」
俺「へぇ、、、」
適当な返事だ。あんまり興味は無い。それどころではないからだ。
鈴音「ほんまに人の話聞かへんなぁ!いっつもだけど、、、」
鈴音はそう言ってこちらをキッと睨んだ。
そしてまたふたりとも無言で歩く。
そうしているうちに駅の改札口へ着いた。
鈴音と一緒にホームへ上がるとある記憶がよみがえった。そう、線路の上で電車が迫ってきた記憶だ。
だがそれだけだ。
なぜ線路の上に居たのかは分からない。思い出せない。記憶が無いのだ。まるで夢を見ていたかのようである。夢っていつも無理矢理な設定でいろんなところが繋がり、後から考えるとなぜそうなったのかと不思議な気持ちになる。今まさしくその感じだ。
(今が現実では、、、?)
俺はそう思った。やがて電車が入ってきた。まぁまぁ満員電車というその電車に俺と鈴音は乗り込んだ。
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