3人が本棚に入れています
本棚に追加
財布の中身と萌の走り
学校へ着き上靴へ履き替えると俺は教室に向かわず、真っ先にトイレへと駆け込んだ。そして男子トイレの中の個室のドアを閉めてサイフを取り出した。黒の年季の入った財布である。先ずはなぜか持ち金が気になった。これは人間の性である。…と思う。
3000円
たったこれだけしか持っていない。
(あぁいうやつって数万円持っているイメージがあるけど?)
続いて、いよいよ入っている情報を調べる。こんなこと良くないとはわかっているが…
免許証だ…
免許証さえあればほとんどの情報が分かるので入っていて良かった。普通自動車免許で住所は…
(神戸市……この近くに住んでいるじゃん)
(年齢は1985年生まれだから…37歳かな?)
そして名前は
(竹内剛)
強そうな名前である。
続いてカード類を見てみる。キャッシュカードにレンタルビデオのカードと…あとポイントカードくらいしか入ってなかった。まぁ予想通りなんだけど…
(あれ?名刺が入っている)
俺は名刺を手に取り名前を確認した。そこには竹内剛と書いている。
(本人のものだ)
名刺には職業を書いている。もちろん要チェック事項である。
(身元調査、代行?なんじゃこれ)
何かよくわからない職業のようである。俺は中身をまた戻してサイフをポケットへ入れた。そして教室へと向かった。
授業中…
今朝のことを振り返る。
(それにしても佐久優馬って格好だけのやつだったな。空手と剣道はどこいったって感じだったな。口だけのやつの典型的な人だな。それにしても学生証無かったら明日からどうするんだろう?…うーん…あの男の住所も分かるし、サイフと学生証と交換すると言って帰りにこの免許証の住所のところへ寄ってみるか?幸い今日の帰りも俺1人だしな。)
放課後…
いつも通りの部活が始まる。しかし俺が知ってるいつもと違うのは…
萌先輩「えー!ケガも完治し、お医者さんからもオッケーが出たので今日から本格的に練習に合流しまーす!1年生たちよろしくねー」
萌先輩が短距離練習に合流する。あの自転車のケガからやっと復帰するのだ。まだ念の為サポーターは付けての参加だが、派手な蛍光色のピンクのサポーターなので、目立つのでどこにいるのかすぐに分かる。
萌先輩は俺たちよりも時間をかけてアップを入念にしてからスタート練習へ合流してきた。
萌先輩「よぉ!こうちゃん!今日から一緒だねー、楽しくやろうねー」
「はい、よろしくお願いします」
萌先輩「ところでさぁ、今朝、萌のせいで大変やったんやろー?ほんまごめんね!」
「いえ、特に何もされなかったんだし大丈夫ですので気にしないで下さい」
萌先輩「そう…あ!あともう1人って誰だったの?」
「いえ、それはまぁ…」
萌先輩「…優馬でしょ?」
(知ってたのか?)
「はい」
萌先輩「来るなって言ったんだけどね…あいつ口だけで何も出来ないんだから…」
「そうなんですか?」
萌先輩「そー!優馬はすっごくお金持ちの家の子で、苦労知らずでトラブルなんか経験したこと無いはずだからきっと軽く考えてるもん、だからきっと衝撃受けて逃げたんだと思うわ」
(完璧に行動読んでるなこの人)
大和先輩「おーい、お前ら早くこっちに来いよー」
「集合ですよ!」
萌先輩「はいはい、今行くよー」
そしていよいよ萌先輩が 100メートルを走る。1年部員と俺は初めて萌先輩の真剣に走るのを見る。俺はまだ 100メートルには参加していなくて200メートルの方にいるが、 100メートルのスタートラインやや後方で足を止めた。
他の1年生だけでなく、陸上部員の全員と言っていいくらい萌先輩を注目している。上着を脱ぎ、下のジャージを脱いだ姿はそれはもう見惚れるくらいの美しさである。女子を見る目線で見る美しさではなく、筋肉美の美しさである。
太ももはもちろん特にふくらはぎの筋肉は見事なほどくっきり付いていて足首はキュッと締まっている。だが、しっかり付いている筋肉なのだが身体全体で見れば細くさえ感じるほど締まっている部分は締まっている。無駄な肉は付いていない。
萌先輩はももを手で2、3回グッと上に持ち上げスタートの態勢に入った。
(いよいよだ、すごい緊張感だな)
『よーい!』
腰が上に上がる。美しすぎるふくらはぎが盛り上がる。そしてピーんと静止する。…
…
『バーン!』
低い姿勢から勢いよく飛び出す!その姿勢のまま加速していく
「すごい!」
思わず口に出してしまうほど低い姿勢からの加速する速度が速い。男子並みのスピードだ。いや、技術の高い男子でも難しいかもしれない。身体を徐々に起こしていくわけだが、地面を蹴る足がドッドッドッっと力強い。そして実にスムーズでムダが無い!
見る見る間に身体が起きてトップギヤに入っていく。
(速い!)
トップギヤに入るまでが速すぎる。
(こんなに短い距離でここまで上げれるのか…どんな脚力してんだ…)
だが、この素晴らしい超加速が、いかにすごい事かを理解して見てる部員はほんの一握りである。
そしてトップスピードでの走り…
美しすぎるフォームからの走りは誰が見てもそれと分かるくらいパーフェクトだった。無駄ない動きの全てが推進力になっていると感じた。
最後の20メートルほどは軽く流したが、見ていたほとんどは萌先輩の走りに見とれて唖然とした。
(あの人は男子か?これが女子の全国レベルなのか…)
俺は決して女子を侮っていたわけではないが、俺の中の常識が覆った瞬間でもあった。後から要に聞いた話では萌先輩はまだ身体が重かったと言っていたようだ。萌先輩はその後、軽く一本走って100メートル走を終えた。
衝撃的な萌先輩の復帰練習だった。その強烈な余韻を残したままこの日の練習を終えた。
ふと、今朝のことを思い出し我に帰る。
(佐久優馬の為でなく、萌先輩の為にもあの男にきっちり話付けないといけないな)
俺は萌先輩の走りに一層刺激を受けて、あの男の家へ行って話を付ける決意を再確認した。
校門を出て、要と紫音とバイバイ言って自転車を漕ぎ出す。商店街から家の方向へ向かう国道へ出る。そしていつもとは真逆の方向へと俺は向かった。あらかじめスマホのマップで調べてあるあの男の家へ…
最初のコメントを投稿しよう!