3人が本棚に入れています
本棚に追加
竹内という男と空手の段持ち
(神戸市の…12の3だから…)
「ここだな」
家の表札に『竹内』とあるのを確認して家を見渡す。決して大きくなく綺麗とは言えないが、二階建てのクリーム色の壁の一軒家ではある。家の中は照明が点いているようなので竹内は家にいるであろう。
玄関のドアから小さな門まで2メートルほどだ。門を支えているコンクリートに表札とインターホンが付いている。俺はインターホンへ手を伸ばしボタンを押した。
ピンポーン!
女の人の声「はーい」
インターホン越しではなく家の中から女の人が返事をする。数秒待つと玄関のドアが開いた。
女の人「あれ?…」
(あれって…)
出てきた女の人は白の短パンに白のパーカー姿。茶髪で細身の30歳前後だと思われる。
女の人「あー、どなた…かな?」
竹内が帰ってきたと勘違いしたのと俺が制服を着てるのもあって少し戸惑っている様子である。
「姫野といいます。竹内剛さんいますか?」
女の人「あー、まだ帰ってないわ。もう帰ってくるはずなんやけど…」
トントントントンと家の中から足音がしたかと思うと、女の人の太ももに小さな手が巻き付いた。そして幼い可愛らしい女の子がヒョこっと顔をのぞかせた。
女の子「ママー!パパちゃうやーん」
(可愛らしい子だなぁ)
女の人「うん。違ったねー、でももうすぐ帰って…」
女の子「あ!パパだー!」
女の子はママが話しているのを遮り、俺の左側の方向を指さした。俺は左後方を振り返った。
あの男だ。
そう、竹内が帰ってきたのだ。竹内はこちらへ歩いてくる。俺の顔が見える距離になって顔色が変わり一瞬驚いた表情をして立ち止まった。そして1秒ほど俺を睨みつけた。が、妻と子供に気付き
竹内「ただいまー」
女の子「パパーおかえりなさい!」
(可愛らしいなぁほんと…)
女の人「おかえり、あんたの知り合い?」
俺の方を指差しながら竹内に問う。竹内は少し間をおいて
竹内「あ、あぁ…えっと…空手の元、教え子?かな」
(はい?)
女の人「そうなんやぁ、家上がってもらったら?」
竹内「い、いや、空手のことで教える事あって…動いたりするから…あー、そこの堤防のところ行って話するわ」
(まぁそうだろうねー)
女の人「そうなん?それなら行っておいでー」
女の子「チノちゃんも行くー」
(この子、チノって言うんだ)
竹内「だーめ!すぐ帰ってくるから、かしこい子で待ってて」
チノ「えー…だめなの〜」
竹内「すぐだから…あとでいっぱい遊んであげるからね」
チノ「遊んでくれるの〜、いっぱいだよ〜」
竹内「うん、いっぱい遊ぼうねー」
チノ「じゃあ、チノちゃんおうちで、まってるぅ」
こうして竹内は、俺についてこいって言わんばかりに俺に目配せをして歩き出した。近所の目を気にしてなのか朝のように大声で吠えてこない。ただ黙ってスタスタと俺の前を歩いている。俺は自転車を押しながらついて行った。
50メートルほど歩いて角を左に曲がると目の先に堤防が見えてきた。そして堤防に突き当たると今度は堤防沿いに歩き、堤防の切れ目から中に入っていく。そして
竹内「おい、こっち来い」
さっきまでと違って言葉も荒くなっている。俺も中に入った。そして橋の下へと差し掛かると竹内は足を止めた。
竹内「クソガキ!何の用じゃ?なぜ家がわかったんじゃ?」
(まぁそう言うだろうと予測してたけどね)
「あんた財布落としただろ?」
竹内「あ?お前が持っとるんかい」
「拾ってあげたんだから感謝してほしいっすよ」
竹内「あん?警察に渡したんか?」
「渡せば今頃ここに警察来て、あんた捕まって頃っすよ」
竹内「警察は俺のこと知らんのか?」
「まぁ…そうっすね」
竹内はニヤリと笑い
竹内「警察に渡せばお前ら助かったかもしれんのに…お前アホか?」
「いや、俺も警察には邪魔されたくないんすよ」
竹内「はぁ?やっぱりお前生意気なガキやな」
「それより、佐久の学生証返してもらえんすか?」
竹内「僕の学生証も渡しますの間違いちゃうんか?あん?」
やっぱり威圧して凄んでくる。
「財布とあんたの持ってる学生証交換してあげてもいいんすけどね」
竹内「おい!クソガキ!眠たいんかコラ!」
「やっぱりこうなるかぁ…面倒くさいなぁ」
竹内「何ブツブツ言っとるんじゃい!俺は空手の段持ちやぞ!殺されたいんか?」
「うわっ出たー、朝も聞いたっすよ…で、聞き飽きたっすよ、それ」
竹内「このガキ!やっぱり痛い目みんとわからんようやのぅ」
「空手の段持ちならケンカはダメっすよ、おっさん!」
竹内「いいや、お前らみたいに大人をなめたらどうなるか教えたるわ!」
(お前ら?俺って佐久とセットにされてるやん)
「仕方ないなぁ…暴力反対なんだけどなぁ」
竹内「やかましい!コラ!」
竹内は渾身の力を込めて右足でローキックを放った。
ドーン!
竹内の右足は俺の左太ももへ直撃した!
はずだった…
そう、竹内の右足は音を立てて俺の左太ももを捕らえたはず…だが
竹内「くっ、お前…」
俺は竹内の蹴りを左足を曲げ、膝下あたりで受けガードしていたのだ。
「何これ?ほんとに段持っすか?」
竹内「なんやと!」
竹内は今度は俺の顔面を狙いハイキックを放った。が、今度は音はしなかった。俺は簡単に見切って身体をスウェーさせて軽々と避けた。
「お!傷付傷つきました?でもやっぱり遅くね?」
竹内「こ、ん、の、クソガキー!」
竹内はさらに逆上してローキック、ミドル、ハイキックを放つが全てが空振りした。そして今度は俺の顔面へパンチを放った。パンチと言うより空手でいう正拳突きだ。
ペシッ!
俺はその突きを手の平で受け止めこぶしを鷲掴みにした。
「あくびが出るくらい遅いっすわ。段持ちってこんなもんっすか?」
竹内は俺からサッと離れ
竹内「こ、こんなはずは…」
「どうした?もう終わりっすか?」
竹内「俺の攻撃がかわされるはずないんじゃ!」
竹内はもう一度正拳突きで顔面を狙ってきたが、俺はそれを簡単にかわし、竹内の顔面めがけて拳を伸ばした。が、当てることはせずに直前で寸止めをした。竹内の額から冷や汗が流れ落ちる。しかし竹内はまた殴りかかってきた。
「まだわからんようっすね」
俺はそう言い放つと竹内の左太ももへ右ローキックを放った。
パーーン!!
見事に太ももへ命中。竹内は痛さのあまりその場に崩れ落ちた。もう足は使えなくなるくらいガクガクと震えていた。
竹内「ぐぁっ!ぐぶぅ…」
竹内の顔は痛みで歪んでいる。
竹内「お、お前いったい…なんだ?」
「あんた蹴りの踏み込みと利き足のしなりが無さすぎ…突きも初動作がわかりやすいよ。それでは素人相手にしか通用しないっすよ」
竹内「知ったようなことを…」
「まだやる気っすか?今度は手加減しませんけど」
竹内は少し考え
竹内「いや…も、もういい」
「は?何か言いました?」
竹内「こ、降参だ…」
「そう、相手の実力を認めるのも大事っすよ」
竹内「で、あんた何者だ?素人じゃないやろ?」
「いや、熱血陸上高校生っすよ。今は…ね」
竹内「今は?…まぁいい…ほら、これ学生証や」
竹内は佐久の学生証を差し出した。
「ほう、素直になったじゃん。ふぅん…あの人写真写り良すぎだよなぁ」
竹内「おい、お前!」
「ん?」
竹内「この事は嫁には言わんとってくれ。頼む…」
「うん、いちいち言わないですよ。奥さんとあんな可愛らしい子を悲しませたくありませんから…ただ、財布返す前に約束してもらえんすか?」
竹内「…なんだ?」
「自転車の女の子にもう何もしない事、ついでに佐久さんにも」
竹内「わかった。もうお前とは関わりたくないからな」
「あと、空手をこういう風に脅しの道具にしないでもらいたい。空手ってもっと尊い武術っすから」
竹内「お前、空手の関係者…まぁいいか。それもわかった」
俺はこれ以上竹内が何もしないと確信したので財布を手渡した。その際名刺を1枚抜いておいた。竹内は財布を受け取った。そして思い出したように1枚の紙を取り出し
竹内「これ、やるよ」
と言い俺に紙を渡してきた。紙を見ると佐久優馬の住所を書いていた。
竹内「もう必要ないから…で、もう用は無いよな!」
「もう無いっす。が、最後に…なぜ恐喝まがいの事したんですか?家族もあるのに…」
竹内「金がいるんだよ、子供には理解出来んやろうがな」
「奥さんに相談すれば良かったんじゃないんですか?」
竹内「言われへんのや。嫁に女に騙されて30万円借金ができたって言えるか?今度問題起こしたら離婚って言われとるから…」
「女に?奥さんいるのに?まぁ、自業自得だし、それを関係無い人巻き込むのはおかしい事ですよね?自分でケリつけるのが当たり前の事だと俺は思いますよ。家族を大事にしたいなら、反省して自力でなんとかしないと、この先後悔しますよ」
竹内「ふんっ、ガキが知ったような事言いやがって…」
「まぁ…ガキの意見っすけどね」
竹内「じゃあな!」
竹内はもうこれ以上関わりたくないのかこちらを振り向く事なく歩いて行った。その背中はどこか寂しそうに感じた。やがて竹内の姿は見えなくなった。
俺は自転車にまたがり帰路へと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!