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100メートル予選、デビュー戦
女子の予選が終盤になり、次はいよいよ男子 100メートル予選となる。走るまでの流れと要領を理解した俺は、あとは走る事だけに集中する。元々緊張して固まるって事には無縁な俺は、待機している他の選手がガチガチになっているのを観察する余裕がある。
ここからは女子の予選もよく見える。どうやら萌先輩と可奈先輩は余裕で1着だった。もちろん次へ進める。心配も全くすることは無かった。ただスタンドからの騒めきが凄かった。さすがに女子の注目選手の筆頭である。そして
係員「女子がもう終わるので中に入って下さい!」
その声に周りの空気感が変わるのを感じた。
(やっと出番だな)
そう、早く走りたくてうずうずが止まらない。完璧なコンディションでこの大会を迎えた俺は自分の力を解放したくて仕方ないのである。
競技場の中に入るように言われてもスタート場所がすぐそこなので10メートルくらい前に移動しただけなのだが、そのわずか 10メートル進むだけで緊張感に包まれた空間に変わる。
中に入ると1組目は早いタイミングでスタートになると聞いていたとおり、慌ただしく準備に取りかかる。俺はこの準備が初めての経験になる。
俺の不安材料は2つある。1つ目はスターティングブロックだ。スターティングブロックとはスタートの時にスタート場所に設置されてる踏み台というか発射台のような物で両足をそこへ置いてからのスタートとなる。練習で初めはすごくやりにくくて違和感ハンパ無かったがようやく慣れてこの大会に臨んだのである。
問題は、スタート前の調整だ。自分に合った位置への調整。これが簡単なはずなのだが、経験がないのでなんとも言えない。もちろん練習時に何回も触ったので問題はないはずなのだが…
2つ目はスタート時の合図だ。近年世界でスタートまでの合図が統一され、
「位置について」→「よーい」→「バーン(ピストル音)」
から
「On your marks」→「Set」→「バーン(ピストル音)」
と数年前に変更されている。高校陸上でも当然そうなっている。俺はこの「よーい」から「Set」へ変わったところのタイミングがどうも取りずらいのだ。「よーい」という言葉の長さの次の「バーン」と比べ短く歯切れの良い「Set」と言ってから次の「バーン」までは長く感じる。
なので、どうしてもフライングしそうになるが、フライングも1回目で失格になるので「バーン」という音を聞いてからスタートしてしまうので出遅れてしまう。初めの20メートルが俺の課題だ。
『只今より男子 100メートル予選です』
アナウンスの声に係員が「1組目の人は用意してください」と選手を急かす。スターティングブロックを自分の位置に慌てずにセットする。やってみれば意外と簡単に出来て自分でもびっくりした。1つ目の心配事は難なくクリアした。そして再びアナウンスで
『1コース…』『2コース…』と順番に選手の名前と学校とゼッケンNo.をアナウンスしていく。そして
『5コース、39番青海高校、姫野くん…6コース……』
俺の名前がアナウンスされた。TVで見た世界陸上やオリンピックのようにひとりひとりに時間をかけてアナウンスするわけではなく、1組全員をサラッとひとまとめって感じだ。でも俺は
(おお!名前呼ばれてる!)
と、少し感動した。だがここから切り替えなければいけない。
俺は2回その場でトーントーンとジャンプした。「On your Marks」
(お!言ってる)
チラッと横を見て他の選手がスターティングブロックへの前へと移動しているのを確かめて俺も移動した。そしてスターティングブロック前でかがみ、静かにブロックへ足をかけた。静けさがピーンと張り詰めた。
(この感じが好きだな)
そんな事考えていると
「Set」
と聞こえた。それとともに腰を上げ静止する。
(ここからが俺の想像より長いはず)
「バーン!」
(えっ!もう?)
慌ててスタートを切る形になってしまった。
(しまった…)
そう、完全に出遅れた。少し出遅れたと言うより、ひとり取り残された形になった。大失敗である。それは全ての選手が俺の視界に入っているので分かる。
(やるしかないかぁ)
だが、俺は不思議なくらい冷静だった。
萌「練習通りをするだけ、焦りや力みは身体を硬直させバランスを失う。しまった!って思ったら無になる事」
萌先輩が言ってた言葉を思い出した。
(あの人は本当にエスパーなんじゃ…そんなことより無になる!)
俺は考える事をやめた。ただひたすら走る。
グン!
加速する。低い姿勢のまま体重を利用して加速!
そして走る!もっと走る!
ザンザンザンザンザンザン!
上体を徐々に起こしトップギアまで!
ザンザンザン!
まだ加速!そしてまた加速!
気がつけば視界から他の選手が消えていた。が、俺はそれに気づかないくらい集中している。集中、加速!足の回転がいい感じなのは自分でも分かる。
(あぁ…気持ちいい)
ザンザンザン!
自分自身の地面を蹴る音しか聞こえない。シーンとしているわけでもないが、周りの音を身体が受け入れないくらい集中していた。
そして…
ゴール!!!
(え、もう 100メートル?間に合ったのか?)
そして順位は?
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