押入れにファンタジー

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 僕の抵抗も虚しく。十二月十二日の土曜日に、僕はぽーんとキャリーケースの中に放り込まれてしまうことになったのだった。オス猫のわりに随分小さいこの身体がなんとも恨めしい。大好きなお母さんに軽々だっこされてぽいっとされる屈辱たるやいなや。どうせ、ちょっと人間と猫が過ごせば家なんかすぐ汚れるのだ。掃除なんか毎日かけている掃除機だけで十分ではないのか。何でこんな、押入れの中までひっくり返して大掃除したり、雑巾がけをしたりなんてことをする必要があるのか。  と、いうことをにゃーにゃーと叫んで主張してみたものの、生憎僕は猫であるわけで。人間様には言葉なんぞ一切通じないわけで。  僕はキャリーケースの中から虚しい気持ちで、やっくんがお母さんに押入れの掃除を命じられているのを見つめるしかなくなってしまったのである。 「じゃあやっくん、この部屋の押入れと本棚の掃除は頼むわよ」 「ええ……何で俺が」 「此処は誰の部屋だと思ってるの?何?お母さんが全部ひっくり返して掃除して、要らないと思ったものをこっちの裁量でぽいぽいぽいーっと捨ててもいいならそうするけど?」 「……自分でヤリマス……」  ああ、本当にアテが外れてしまった。今日、大掃除が始まらないと思った理由は二つ。まだクリスマスの前の繁忙期が終わっていないことと、お母さんが丸一日お休みの日ではないからである。彼女は午後からはまたお仕事に出なければいけない。半日だけの休みなら、彼女も家のことをごちゃごちゃやったりせず、まったりと自分に構って遊んでくれるとばかり思っていたのに。 ――あーあ、人間ってなんでこう面倒なことばっかりするんだ。  キャリーケースのある部屋で、やっくんが渋々押入れの掃除を始める。中に入っていた布団や小さな本棚を出し、それを床に広げて掃除したり捨てるものを分別したりといった作業を始めていた。みるみるうちに散らかる部屋。かえって汚れそうな行為を、何で人間は好き好んで行おうとするのだろうか。
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