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「あ、もしかしてさっき電話に出てくれた方ですか? ありがとう。持ち主です、スマホの」
見られただろうか。今にも捨てようとしていたところだったのに。
運のいいやつ。多分三十代手前くらい?
黒の短髪、スキニーパンツに布をまとったような、薄手のクリーム色のカーディガン。軽く咳払いをすると私は何事もなかったようにスマホを手渡す。
電光掲示板には「緑川医大行は終了しました」の文字。
「どうも……ってかもしかして終電逃しました?」
「いや、大丈夫です」
「駅員とかに預けてくれてもよかったのに」
まさか、捨てようとしていたとは言えない。
「だって持っててって、言いましたよね」
「いや、だけどこういう状況なら普通……あ、もしかしてそういう感じ? 非行少女?」
「はあ?」
腹が立ってアキレス腱を蹴る。
「いって……」
「歩いて帰れるんで」
駅を出ると歩き出す。十一月の冷たい夜風にニットカーデガンの裾をきゅっとやる。
「ごめん、冗談です。さっきの。女の子が危ないでしょうが、こんな時間に」
「ほっとけば。ご友人が待ってますよ」
嫌味っぽく言ってみるが、数歩進んだところで前に割り込んでくるので歩みを止められる。
「……あれ、頬、腫れてる。大丈夫?」
「関係ないでしょ」
スタスタと歩き去り、もうついてこなくなったかと思うと
「ねえ、家どこ?」
後ろで男が叫んでいるのが聞こえる。
振り向くと、タクシーを一台止めている。
「だから、歩けるって」
「何分?」
「……十五分くらい」
こちらに駆け寄ってきた男にポンッと背中を押される。
「はい、乗って」
「ちょっと何すん……」
「それとタクシー代。スマホありがと」
そう言ってドアを閉めると両手をポケットに突っ込む。
「お客さん、どちらまで?」
「あ、いや、えっと……五丁目の通りまで」
タクシーが走り出す。視界から遠ざかっていく男は窓の外を流れる夜の景色にすぐに溶け込み、やがて、消えた。
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