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episode 2
「糸ちゃん、起きてる? 届け物」
大家のララさんの声で起こされる。ララさんは多分母と同い年くらい。
扉を開けると小包を抱えたララさんが寝間着姿で頭をかいている私の姿を見て目を細める。
「いい年の娘が」
「はいはい。いいじゃないですか、寝起きくらい、誰に見せるもんでもなし」
「見せてるじゃない、私に」
「ララさんはいいんです。それに外行くときはちゃんと決めてますから」
「そうね。糸ちゃんはいつも、おしゃれしすぎなくらい」
言いながら小包を押し付けるように渡される。その場でビリビリとセロテープを剥がし、小ぶりのダンボールを開けると現れたのはバイト先に置いてきた私物。折りたたみ傘とか、パーカーとか、漫画とか。「お疲れ様でした」と書かれたピンク色の付箋が添えられている。
「もしかして、またやめたの?」
ララさんが声を潜めて顔を覗き込む。
「……」
「家賃滞納は、許さないからね」
「わかってます。大丈夫だから」
「糸ちゃんの大丈夫は、大体大丈夫じゃないのよね」
「新しいバイトはもう見つかってるんです」
ララさんは「あら、そうなの」と目を丸くすると
「どんな仕事?」
「今度詳しく教えるんで。とにかく、ありがとうございます、これ」
扉を閉めようとすると、箱の下に別のチラシが。ペラっと底から取り出す。
「これはララさんのじゃないの?」
「ああ、これ。駅の向こう側に新しくできた商業ビルあるでしょ。あそこの三階に新しいお店が入ったのよ。ほら、知ってる?N.RAIN2(エヌ・レイン・レイン)ってブランド。まあ若いし高くて私には関係ないんだけど、なんだか憧れちゃう」
そう笑うとララさんはチラシを受け取り思い出したように、
「あ、そうだ。また送られてきたのよ、バームクーヘン。食べきれないから食べる?」
バームクーヘンは私の大好物だ。どうやら、このアパートの一室に前に住んでいた人からお世話になったお礼、と定期的に送られてくるらしい。
「バームクーヘンの田中さん。でも田中さんって確か、海外に赴任するって行ってたのよね。引っ越しの時。変よね、わざわざ。ま、もらえるもんはもらっときましょ」
ララさんは押し付けるようにバームクーヘンの箱を玄関の戸棚に置いていくと、一階へ降りていった。
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