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N.RAIN2 か。
部屋の中へ戻ると受け取った小包を玄関に置きっぱなしにし、バームクーヘンだけ箱から取り出すと均等とは言えない大きさに雑に切り分ける。一口に頬張るとソファへダイブした。甘い香りが乾いた口の中に広がっていく。
「バイト探すの、めんどくさ」
以前働いていた居酒屋は、ちょっかいを出してくる酒癖の悪いお客さんとトラブルになりやめた。悪いのはあっちなのに、お店側は私をあっさり切り捨てた。本当は新しいバイトなんてまだ見つかっていない。
高校を卒業後、服飾の専門学校に進んだが一年で勝手に学校をやめた私には、母からの援助は一銭たりともなかった。母とはやめたその日から連絡を取っていない。だからどうにかして新しいバイトを見つけないと家賃を支払うこともできない。
辻先生が私の前から永遠にいなくなってからニ年。ただ抜け殻のように日々を過ごし、デザインを描くこともやめ、いつの間にか二十一になっていた。
――心のうちを。誰かに話すことできっと分かちあえます、悲しみや苦しみを。
相談教室で女が話していたことを思い出す。
ねえ、誰かに話したら、一度負った傷が癒えることはあるの?
カーテンのすき間から覗く曇り空に向かってつぶやいてみる。
N.RAIN2 ――デザイナーの母の会社「N.RAIN(エヌ・レイン)」の姉妹ブランドだ。洗練された都会の二十代から三十代女性をターゲットにしたブランド、N.RAIN を中心に、母はここ数年で新たにいくつものブランドを展開し、服だけではなく、雑貨や家具の分野にも進出している。
高校にあがった頃、N.RAIN の新しいブランドデザインの構想を手伝わせてもらった。デザイナーになるための修行として。名前は出さなかったけれど、そのうちのいくつか、レースワンピースやチェックのフレアスカートは予想を超える人気商品になった。専門学校へ入学した年まではそうやって経験を積み上げていたが、辻先生の事故があってからはすっかり離れてしまい、母はそういう私をきっと許せないでいる。
だから、N.RAIN のブランドが街に増えるたび、母に監視されているようで私には居心地が悪い。それでも N.RAIN のデザインを見ずにはいられない。
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