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「いらっしゃいませ」
にっこりとされ声をかけられるが、それ以上は何も言わない。必要以上に接客しない主義なのか。
正直なところ趣味ではない。私はもっと誰が見てもかっこいいと思えるような、洗練されている…… N.RAIN みたいな雰囲気の服が好き。くるっと踵を返そうとした際、ふと目に入ったのはアルバイト募集の文字。思わず足を止めて見ていると
「もしかして、十一時から面接の方ですか」
さっきのスタッフが話しかけてくる。ちょうど肩までの長さの、キャラメル色のボブヘアがよく似合っている。服については全然接客なんかしてこなかったのに、妙に切羽詰まった感じで詰め寄ってきた。
ネームバッジには「桐原桜子」と書いてある。
「いや……」
「いと……さんですよね?」
声が小さすぎてよく聞こえない。
いと……なんで私の名前を知ってるんだろう。
「あの、店長が奥で待ってるので、こちらへお願いします!」
「ちょっと……」
半ば無理やり背中を押され、試着室の奥、更に進んだところにある「STAFF ONLY」と書かれた部屋へ押し込められる。
「店長、いらっしゃいました!」
彼女はそう言うと、慌ただしく売り場へ戻っていく。困惑したまま向き直ると見覚えのある顔が。
「あ」
多く見積もっても、人間が三、四人までしか入らないだろう細長の部屋は安っぽいコーヒーの香りで満ちていた。パソコンの隣に置いてある、下の階のカフェの名が記された赤いカップを奥へ追いやると、彼は私の顔を二度見した。
「えっと、君はたしか……」
この間駅でスマホを忘れた男だ。こんな所で再会するなんて。人を非行少女扱いしたあげく、タクシー代を恩着せがましく渡していった、あの男。まさかここの店長だったとは。
「伊藤さん?」
「いとう?」
「あれ、面接受けに来たんですよね」
「伊藤じゃないです。糸です。いと」
「へ?」
彼は手元の画面と私の顔を何度も見やる。
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