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「無理、分かんない」
しばらく考えてから首を横に振り、答えを知りたくて強請るように、視線を向ける志麻さん。
「怨霊は作る人の恐怖と恨み辛みの設定で、その在り方が決まります。ですがその在り方に恐怖以上、恨み辛み以上の設定が与えられることがあります。木本家の幽霊さん達はその感情が強いです」
「それ以上の設定?」
「木本家の幽霊さん達には、木本さんへの愛情があるんです。木本さんは素と成った人のことを恐れながら、それ以上に愛されていると思っているんです。だからあの家の幽霊たちは木本さんのことを、恨む以上に愛しているんです」
「愛情があると、害がなく憑くことができるんだ!でも幽霊は私とはじめて会ったその日に、いきなり愛とか情とかは持たなかったでしょ?」
「はい。僕には感情的な設定はありませんでした。感情が空っぽで生まれたので、仕方なく設定された肝試しの幽霊をしていました。空っぽだったから、あのとき僕に驚き恐怖した志麻さんの中の一番強い感情、それが僕の中の空洞にすっぽり嵌り込んだんです」
「私の中の一番強い感情?」
「志麻さんは、どうして僕に南原さんを紹介したかったんですか?それが答えです。そこに僕が怨霊になった理由があります」
僕の質問に目を見開き、戸惑い、躊躇い、ソファーの上で僅かに身を固め、膝の上で拳を握り、一つ大きく息を吐きだし、力を抜いてから口を開く志麻さん。
「ねぇ幽霊。霊園で生まれたあなたを私は部屋に連れ帰ったけれど、本当にそれで良かったのかって考えることがあってね」
自分の気持ちをどう伝えようか、悩みながら、ぽつぽつと語る志麻さん。
「私は幽霊が来てくれて本当に嬉しかった。朝は会えなくても、夜帰ってくれば幽霊がいてくれて、良かったなって。残業ばっかりでご飯食べて寝るだけの部屋だったのに、早く帰りたいって、幽霊に会って話がしたいって、そんなふうに毎日が楽しくてね。寝ている以外の時間は少ししか居ない部屋なのに、以前は寂しかったんだなぁ、って」
志麻さんの語りながら手持ち無沙汰に、左右の指を絡めては解いてを繰り返し繰り返す仕草を、僕と南原さんは邪魔をしないように見守りつつ、きっととてもくすぐったい顔をしているんです。
「だからね、幽霊も寂しいんだろうなって。人を脅かさないようにアパートの敷地の外にはあまり出ないみたいだし、お友達って云っても木本さん家のお爺ちゃん達でしょ。みんなアパートの外に出ないらしいから、外にお友達が居たほうが幽霊も楽しいし寂しくないかなって」
志麻さんはまた今日も少し涙目で、唇を少し尖らせながら頬を染めています。
あゝ、なんでしょうねぇ本当に。先程からむず痒くて仕方がなくて。
「あのまま霊園にいればもっと自由だった筈なのにとか、でも連れてこなかったら消えちゃってたかもとか、だけど私のせいで閉じ込めちゃってるから、外に出る切っ掛けとか、霊力補充しないとまた昼間は話も出来なくなるかも知れないし。結局自分本位で我儘だって判ってるんだけど、側に居てもらえるお礼とか・・」
「志麻ちゃん!ごめんなさい、ストップ」
「え?え?京子姉さん?」
南原さん、お気持ちよく解ります。
僕も志麻さんの告白と仕草と表情と、いやもう存在全部が可愛くて、聞くのも居るのも恥ずかしくて墓穴があったら埋まりたい心境です。
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