帰省

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帰省

キャンピングカーに紙袋を乗せながら ほっ と息をつく。 後方のドアから車内へ置いたそれはたいして重いわけではなかったが、気分が沈んでいた 天井裏の荷台にそれを積める祠は仄に笑いかけた。 「退院してすぐ旅行って大変だね」 「旅行って..」 浮かない顔で答えると頬を背後から引っ張られる。 「沈んだ顔してっとじじいが化けて出るぞ」 「痛いっ!」 慌ててその手を振り払って振り向くと仙寺が意地悪に笑った。 「相変わらず熱いけどあんまイチャつかないでよ」 祠が溜め息をつきなから言った。 「熱くない!」 目頭を立て叫ぶ仄を仙寺はじっと見つめた。 その視線に気づいて仄は振り向いたが、何も言わずに駐車場を後にした。 「...大丈夫?」 祠は立ち尽くしている兄に視線を向ける。 「人に忘れろって言ってた奴が、先に忘れるか?フツー。意地でも思い出させてやる」 口角を上げ、明るく言ってのけると祠は苦笑した。      ◇   ◇   ◇ 救急入り口の前で白衣の女性は溜め息をつく 「鎮静剤、睡眠薬、抗うつ剤に酸素ボンベ あとお古で悪いけど喪服」 言いながら手渡された袋を受け取ると中を確認する。 「一応精神科に頼んで処方して貰った」 「恩に着る」 「...大丈夫なの?」 真崎はそう言いなから白衣に両手を突っ込んだ。 昨日 ピアノを弾いて倒れた仄を部屋に戻した際に真崎には全て話した。 八城の血だと言う不思議な力のこと。 命を吸い上げてしまう左手のこと。 その力のせいで無理矢理子供を作らされるところだったこと。命を狙われたこと。 それを聞いても真崎は相変わらずの無表情で ああ..だから仄の父親(先生)もずっと手袋着けてたのね。納得したわぁ とだけ言った。 「置いていくわけにもいかないからな。 それに..仙と一緒の方が仄にとってもいいかもしれない」 「車で行くか?何時間かかるわけ」 真崎の言葉に そっちか と心の中で呟いて硯は時計を見た。 「8時間かかるかどうかだろ」 「...あんたを薬漬けにしなかった事心から後悔するわ」 「恐ろしい事を言うな」 思わず苦笑すると真崎はじっと硯の顔を見て溜め息をついた。 「無事に帰ることを祈るわ」 ...お前が言うと何故か恐いな そう思いながら硯は礼を言った。 そこへ仄が歩いて来て真崎に頭を下げた 「お世話になりました」 「...。左手、大切にね」 「ん?」 顔を上げた仄は首を傾げる。 「はい、これ彼氏君に。八つ橋のお礼」 仄に手渡したのは薬局の紙袋で簡単に包装された小さな箱。 「...彼氏君?」 「ああ、そうなんだっけ。高校男児に」 「...」 「ちゃんと着けてって言うのよ」 「...はい」 訳も分からず仄は頷いた。 嫌な予感がして硯が即座に真崎を見る。 「...お前 何 渡させる気だ」 「『乙女への礼儀』   退院する子に渡してるのよ」 「....」 呆れる硯を他所に真崎は自分より背の高い 仄の頭に手を置いた。 「もう来るんじゃないわよ」 黙って頷く仄に真崎は初めて にっこり と笑った。
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