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京は夜更けの二年坂。
からりころりと下駄が鳴る。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
己が隣りを過ぎ往く女に男は目を奪われた。満月の空に照らされて、何処の芸妓か、唐傘片手にしゃなりと歩く。
「おい、娘はん。こないな夜更けに一人で歩おいやしたらあむないぞ。」
たまらず男は声を掛けると、女ははてと振り返る。
「あむないんはあんさんや。こないな夜更けに出歩いて、鬼に食われてもええのどす?」
「ヒッ…ひぃいいいッ!!」
振り向いた女を見て男は肝を冷やした。三叉の傷が口の端から目に走る。綺麗な人形にヒビが入ったように。目に見えた女は”人”では無かった。
からりころりと下駄が鳴る。
「あむないや、あむないや。宵は我らん住まう時。逢魔が時が過ぎし頃。人ん子眠っておくんなし。さもなきゃ、うちらが喰ってまう。」
「ぐぁッ……ガッ………!!」
京は夜更けの二年坂、からりころりと下駄が鳴る。
坂を下る血が下駄を追い、からりころりと下駄が鳴る。
赤い花を身体中から咲き乱し、男は道に倒れ込む。
「ごっつぉさんどした。」
ペロリと舌を舐めずった。
京は夜更けの二年坂。からりころりと下駄が鳴る。
今宵も人が消えて往く。
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