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~誕生編~ 2
「とはいえなぁ……」
分け入れば分け入るほど頭上には枝葉が生い茂り、星の光は届かなくなってきているのに、その木々を間伐し、刈り取った各種の薬草をひとりで運び出す苦労を考えると気が滅入った。
「やっぱり運び人を雇うか、荷馬車を入れるか……」
独り言を言いながら次々と草むしりを続ける。
人を雇うにはそのために魔物除けや魔素毒中和の加護具を特別にあつらえなければならないし、荷馬車が通れるほどの道を作ってしまったら、分別のつかない子供や金儲けだけを目論む命知らずが迷い込まないとも限らない。
加護具を準備したり、ある種お宝の眠るこの森に人間が近づかないように迷い術を施すぐらいなら、最低でも自分の懐が痛むぐらいで済むかもしれない。
しかし、まかり間違って開けた道から獣人族や魔族が魔素毒の森を抜けて人間の国土に侵入してきたら、領土侵犯を理由とした戦争が起きかねないのだ。
「まあ、それは明るいうちに考えて……っと。ああ、あったあった」
シロンはつい浮ついた声をあげた。
身体のそばに置いたランタンの灯りが遮られると、目指していたモノが目に入る。
新月の夜、星の光がほぼ入らない森の深奥で魔素毒をたっぷりと蓄えて光る『月宵草』──わずかな人工の光を灯していては姿を現さない幻の草。
花は一輪もない一見すればただの草むらなのだが、なぜか淡い光を放っているその草は、わずかひと握りでも金貨十枚で取り引きされるほどの高級薬草だった。
むろんそんな大金を出せるのはそこらの庶民ではなく、王族や魔術研究所といった太客が依頼主である。
しかもそこらにある鉄の鎌や鋏で刈り取ればその薬効は光と共に消え失せ、焚き付けにも役に立たない毒素を含んだ枯草となってしまうのだから、厄介と言ったらない。
枯らさないために必須の革の手袋をしたシロンは、水晶の柄に銀の刃がついた刈り鎌を片手に持ち、刈りすぎないように注意しながら採取しはじめた。
刈り取る側にしてみれば大金の元だが、求める方にとっても貴重な高級回復薬の元であるから、なるべく郡草が絶滅しないようにしなければいけない。
むろんその草を入れる物も特殊で、間違っても地面に落とさないようにシロンは刈り取った草を、満月の夜に汲み上げた魔素毒の森の湧き水を満たした銀の箱に入れていく。
とうとう箱から水が溢れ出すほど月宵草が貯まると、ひと草もはみ出さぬようにふたを閉めて秘術で封をした。
「……よし、こんなもんか。<月の守護、闇の閨、銀の乙女が護りし褥でその眠りを守らん>」
シロンが古代語で封印の詠唱を唱えると、シュウゥ…と煙が鎖のように箱に巻き付ついた。
これでシロンが術を解かない限りこの箱は開かず、万が一開けられたとしても正しく開術の詠唱がされなければ、魔素毒の水は蒸発して月宵草は枯れてしまう。
「さぁて……草の匂いが広がらないうちに退散しな……い……と?」
立ち上がって周りに変な気配がないか確かめようとしたシロンの視界の端に、月宵草に似た灯りが映った。
「あっちに月宵草はないはずなんだが……?」
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