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困ります、と抵抗したつもりでいたけれど、高原先生の柔らかい物腰に促されるまま、わたしはその背中に着いていってしまう。
いや、何となく気づいていたかもしれない。“歓迎する”というその言葉に、心の片隅では少なからず歓喜している自分に。
近づいてくる教室の扉と、『3-A』というプレート。廊下から格子状のガラス越しに見え隠れする、生徒達の影。
途端に高鳴り出した心臓をなだめるように、高原先生はわたしの背中にそっと手を触れ、ゆっくりと頷いて見せた。
緊張のあまり、わたしはずいぶん混乱していたと思う。
扉を開け放つ音が、稲妻みたいに頭に響いた気がする。
クラクラ揺れる視界の中には、ズラリと並んだ机に、風にそよぐカーテン。十人にも満たない高校生達が、一斉にわたしを注目しており、思わず下を向いてしまった。
わたしはこれまで経験はないけど、去年岐阜から転校してきた柳田さんは、こんな気持ちだったんだろうか。注がれる視線がとにかく痛くて、今すぐにでも逃げ出したくなる。
教壇に立った先生が、みんなに何かを説明していたけど、さっぱり耳に入ってこないまま、わたしは中央に促され、自己紹介を求められた。
「さ……西條……眞奈といいます……」
「は、なんて?
声ちっさ!」
「西條……眞奈です」
「さいとうかな?」
「い、いや、わたしは……
わたしの名前は……」
くるりと黒板に向きなおり、わたしは白いチョークを掴み取るや、そのど真ん中に、自分の名前を急いで書き殴った。
「わたしはっ、西條眞奈ですっ!」
やけくそ気味に叫んでしまったあと、いっぺんに静まり返った空気。
半泣きになった真っ赤な顔は、再び堪えきれずに下を向いてしまった。
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