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昨日アイスを買いそびれたから、もう一度『まほら屋』に行ってくる──目を丸くするおばあちゃんに、わたしが取ってつけた理屈はこうだった。
どういう風の吹き回しにせよ、自ら外出すると言い出した孫娘を、おばあちゃんは安心したような笑顔で見送ってくれ、なおかつお小遣いまでくれた。
山と田んぼばかりの道を進みながら、かつての通学路で見た花屋の看板の可愛らしいキャラクターを思い出す。駅前のパン屋さんの香りとか、歩道橋の上からだけ見える土手沿いの桜とか。そんな毎日見てきた景色を反芻しながら、しみじみと思うんだ。
やっぱりわたしは、学校が好きなんだって。友達に囲まれてするくだらないおしゃべりが、本当に楽しいんだって。
あのクラスにいた七人の生徒達は、まだ顔と名前すら一致してないけど、なんとなくすぐにでも馴染めそうな印象を受けている。
近隣の様々な高校から集う形の特殊学級らしく、みんな制服なんかはバラバラだったけど、それが逆に、余所者のわたしなんかでも気軽に入り込めそうな空気感を作っていた。
「あら、また来たの?」
まほら屋のレジのおばさんは、最初少しだけ眉をしかめたように見えたけど、すぐに快活な笑顔を見せた。
気のせいだろうとニ階に上がりかけたところ、いきなり腕を掴まれ、驚いて振り返った先では、今度ははっきりとおばさんの表情が曇っている。
「もしかして……また三階に行くの?」
「はい、わたしもみんなと一緒に、卒業制作を作ることになったんです」
「そ、そうなんだ。でも……」
おばさんの様子は、明らかにおかしかった。そう言えば昨日も、変な事を言っていた。わたしにあの子たちが“見えるのか?”とかなんとか。
あんなに朗らかな幽霊なんているものか。第一わたしは、間違いなく昨日、生徒達と言葉を交わし、実際に触れ合っているんだ。
それともおばさんには、何かわたしにあそこに行って欲しくない理由でもあるんだろうか?
「ねえ、変なこと聞いていい?」
「……なんでしょう?」
「もしかしてあなたも、過去の輝きに追いすがろうとしてる?」
「いっ……意味わかんないっ!」
本当に言ってる意味がわからなかったのもあるし、それ以上に何か触れられたくないところに触れられた気分がして、カチンときたのもあっただろう。
わたしは半ばおばさんを振り払うようにして、上へ続く階段を駆け上がっていた。
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