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自分が学校にいる夢を見たあと、目が覚めてから何度泣いたことだろうか。やっと見つけた小さな希望を、誰にも邪魔されたくはない。
三階へ登る階段の立入禁止のロープを跨ぎ、学校の様相をそのまま残した廊下をいく。
嬉しいような、少し恥ずかしいような気持ちで開いた『3-A』の扉。
昨日とは違って閑散とした教室に、窓際のカーテンだけが風に揺れていた。
ほとんどのクラスメイトはまだ来ていないようだったけど、その中でただ一人、眼鏡をかけた女の子が、机で何か書き物をしていた。
「あ、おはよう西條さん。ちゃんと来てくれたんだね」
女の子はおっとりとした声でそう言うと、わたしを見て少し照れたように微笑んだ。
同年代の女の子から「おはよう」と言われ、自分の名前を呼んでもらえる。そんな何気ない事に、幸せが込み上げてくる。
まだみんなの名前を覚えたわけじゃないけれど、彼女の名前は一番に記憶していた。多少ぽっちゃりとしたこの子は、みんなから『芙美子ちゃん』と呼ばれていて、ジオラマの全体像のデザインを任されていたはず。
どうしてこの子の名前をすぐ覚えたかと言うと、初めて見た時、何となく前にどこかで会った事があるような気がしたんだ。
もちろん記憶を探っても思い当たらないし、わたしの気のせいなんだけど、それって仲良くなれる兆しみたいなものなんじゃないだろうか。
「おはよう」と返しながら近寄ると、芙美子ちゃんは描いていたスケッチブックを、そそくさと腕で覆い隠してしまった。
腕の間から垣間見えたのは、どうやら何かのキャラクター。すごく絵が上手いのは、一部だけからも良くわかる。
昨日からの言動を見るに、彼女はかなりの恥ずかしがり屋さんみたいだった。
「芙美子ちゃん一人?」
「うん、みんなはまだ来てないみたい」
「それって、アニメか何かのキャラクター?」
「え、違うの。
これはね、みんなから頼まれてるそれぞれの将来像を描いてるんだよ。ちょっとデフォルメして、アニメタッチにしてるの」
「ああ、それを模型にして、ジオラマに配置するんだね。ちょっと見たいなぁ」
「ダ、ダメだよ、まだ途中だもん」
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