第2話 〜過去に追いすがる者達〜

4/10
前へ
/50ページ
次へ
.  まだ親しいわけでもなし、無理強いするわけにもいかなかったけど、それでも何度か頼んでみたのは、どうにも場がぎこちなく、さしあたった話題がそのイラスト以外に見あたらなかったからだ。  芙美子ちゃんもそんな空気を察してくれたか、とうとう「少しだけだよ」と言って腕をどけてくれた。  お世辞抜きに上手かった。  画風が少し古い気はしたけど、丁寧に線を引いた髪質の表現とか、人体のバランスや服の皺、プロのイラストレーターが描いたと言われたって誰も異論はないだろう。 「わ、上手い。 芙美子ちゃん、漫画家になれるんじゃないの?」 「そ、そうかなぁ。実は……ほんとに漫画家になるのが夢だったりして。 わたし絵を描くくらいしか能がないけど、こんなわたしでも、誰かを楽しませることが出来たらいいな……なんて」 「なれるなれる。 わたし芙美子ちゃんの漫画が出版されたら、全巻揃えるよ」  芙美子ちゃんはふっくらしたほっぺを真っ赤に染めながらも、嬉しそうに目を細める。なんだかこっちまで嬉しくなって、わたしは一枚のイラストを指差し、さらに声を弾ませた。 「あ、このアイドルっぽい衣装って、ツインテールのあの子だよね?」 「うん、真里ちゃんはアイドルになるのが夢なんだよ。 これは尾関くんで、プロのサッカー選手。辛島くんは、世の中を変えてやるって息巻いてるから、政治家にしちゃった」  このクラスの生徒達とは昨日少し話したくらいだから、詳しい人物像はわかっていなかった。だけど芙美子ちゃんのイラストを見てると、一人一人の個性がありやかに見えてくる気がする。  ふと、芙美子ちゃんの後ろで結った髪がピョコンと跳ね、その目が真っ直ぐわたしに向けられた。 「そう言えば、わたしまだ西條さんの未来像聞いてなかったよね?」 「え、わたし?」 「うん、だってもう西條さんは、このクラスの仲間なんだもの。当然ジオラマの中の登場人物の一人になるんだよ?」  仲間という言葉をじんわり噛みしめながらも、改めて芙美子ちゃんの問いかけに戸惑ってしまった。  わたしの未来像──言われてみればわたしは、ここのみんなみたいに、はっきりとした夢も目標もない。  ただなんとなく、普通に会社に勤めて、そのうち慎ましくても幸せな家庭を築いて──そんなものを漠然と思い描いてたにすぎないんだ。 「うーん、考え中…… もう少しだけ待っててくれないかな?」 「うん、いいよ、西條さんは一番最後に描くから、じっくり考えてみてね」 .
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加