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まだ親しいわけでもなし、無理強いするわけにもいかなかったけど、それでも何度か頼んでみたのは、どうにも場がぎこちなく、さしあたった話題がそのイラスト以外に見あたらなかったからだ。
芙美子ちゃんもそんな空気を察してくれたか、とうとう「少しだけだよ」と言って腕をどけてくれた。
お世辞抜きに上手かった。
画風が少し古い気はしたけど、丁寧に線を引いた髪質の表現とか、人体のバランスや服の皺、プロのイラストレーターが描いたと言われたって誰も異論はないだろう。
「わ、上手い。
芙美子ちゃん、漫画家になれるんじゃないの?」
「そ、そうかなぁ。実は……ほんとに漫画家になるのが夢だったりして。
わたし絵を描くくらいしか能がないけど、こんなわたしでも、誰かを楽しませることが出来たらいいな……なんて」
「なれるなれる。
わたし芙美子ちゃんの漫画が出版されたら、全巻揃えるよ」
芙美子ちゃんはふっくらしたほっぺを真っ赤に染めながらも、嬉しそうに目を細める。なんだかこっちまで嬉しくなって、わたしは一枚のイラストを指差し、さらに声を弾ませた。
「あ、このアイドルっぽい衣装って、ツインテールのあの子だよね?」
「うん、真里ちゃんはアイドルになるのが夢なんだよ。
これは尾関くんで、プロのサッカー選手。辛島くんは、世の中を変えてやるって息巻いてるから、政治家にしちゃった」
このクラスの生徒達とは昨日少し話したくらいだから、詳しい人物像はわかっていなかった。だけど芙美子ちゃんのイラストを見てると、一人一人の個性がありやかに見えてくる気がする。
ふと、芙美子ちゃんの後ろで結った髪がピョコンと跳ね、その目が真っ直ぐわたしに向けられた。
「そう言えば、わたしまだ西條さんの未来像聞いてなかったよね?」
「え、わたし?」
「うん、だってもう西條さんは、このクラスの仲間なんだもの。当然ジオラマの中の登場人物の一人になるんだよ?」
仲間という言葉をじんわり噛みしめながらも、改めて芙美子ちゃんの問いかけに戸惑ってしまった。
わたしの未来像──言われてみればわたしは、ここのみんなみたいに、はっきりとした夢も目標もない。
ただなんとなく、普通に会社に勤めて、そのうち慎ましくても幸せな家庭を築いて──そんなものを漠然と思い描いてたにすぎないんだ。
「うーん、考え中……
もう少しだけ待っててくれないかな?」
「うん、いいよ、西條さんは一番最後に描くから、じっくり考えてみてね」
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