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廃校に残り続ける教室と廊下は、今日も何となくセピア色で、わたしは停止した思考のまま、どれほどか立ち尽くしていた。
あれほど外を賑やかしていた蝉の声も、今は全く聞こえない中、まほら屋のレジのおばさんの言葉が、今更のように蘇っていく。
──もしかしてあなたには、あの子達が見えているの?──
背中に走った悪寒と同時に、わたしの肩に突然誰かの手が置かれた。声にならない悲鳴を発し、振り返った先には、青と白のストライプ柄のネクタイがあった。
「やあ、西條、今日も来てくれたんだね」
「高原……先生……?」
「ははは、そんなに驚くことないだろ。
さあ、もうみんな教室で待ってるぞ」
「みんな?」
反射的に廊下から覗いた『3-A』の教室内には、信じられない光景が広がっていた。ついさっきまでとは打って変わって、たくさんの生徒達の影が見えていたんだ。
わたしと芙美子ちゃんが教室を飛び出してから、わずか数分の間にみんなが揃った?
いや、それはおかしい。この建物はあくまでも校舎の“一部分”を利用したものであって、突き当りの『3-A』から先はすっかりなくなっており、つまり昇降するための階段はひとつしかない。
みんながあの教室に向かう途中、必ずわたしとすれ違ってなくちゃおかしいんだ。
それなのに……どうやって……?
「いっ……いやあっ!」
「お、おい、西條!?」
高原先生の手を振り払い、わたしは転がり落ちるように階段を駆け下りていた。
おかしい!絶対に何かがおかしい!
あのおばさんなら……あのおばさんなら、何かを知っているに違いない!
まほら屋に飛び込むなり、いきなりレジのおばさんと目があった。
泣きつくようなわたしの表情を見るなり、おばさんは他の従業員らしき女性にレジを頼むと、無言でわたしの手を引く。
連れて来られたのは店の奥にある控え室らしき部屋で、パイプ椅子に座らされたわたしの前に、冷たい麦茶がそっと置かれていた。
オーバーヒートした回路に冷却剤でも流し込むように、一気にグラスをあおるわたしを、対面に座ったおばさんがじっと見つめていた。
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