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おばさんは、改めて自分の名前を芳乃と名乗り、不可解な現象について説明を付け足していった。
つまり、あのクラスの生徒達は、人生に絶望する大人達が作り出した“念”だけの幻だということ。
存在できるのは学校の様相をそのまま残した三階フロアのみで、それ以外では消えてしまうということ。
実体であるわたしが彼らと交流することは、何がおきるか芳乃さんも予想がつかず、最悪取り込まれて戻れなくなってしまう危険があること。
怖いと思いつつも、取り込まれて戻れなくなる、というフレーズに、わたしの中で葛藤があったのは事実だった。
戻るって、どこに戻るんだろう?
最初からわたしには、戻れる場所なんてどこにもないんだから。
芙美子ちゃんは、優しかった。わたしを受け入れてくれて、本当に嬉しくて、やっと自分の居場所を見つけられた気がしたのに。
それならわたしは、これから先、どこにいればいいのか。そんな気持ちを素直に芳乃さんに投げかけた時、彼女の語気が僅かに強まった気がした。
「あの教室のことは、もう忘れなさい。現実の芙美子ちゃんはすでに心が壊れてしまっている。あの教室に残るのは彼女の逃避した思い出だけ。これ以上関わってると、あなたも前に進めなくなってしまうよ」
「芳乃さん、芙美子ちゃんを知ってるの?」
「ええ、織部芙美子なら、今でもこの町の実家にいるわ。
四十代後半で独身の引きこもり。統合失調症に過食症を併発して、夜な夜なコンビニの残り物を買い漁ってる」
芳乃さんのその言葉を聞いた瞬間、わたしの脳裏にある姿がよぎり、思わず目を見開いていた。
まさか、そんなはずはないと自分に言い聞かせながらも、聞き返さずにはいられないものがあった。
「芳乃さん、そのコンビニってもしかして……笹野郵便局の隣の、ライクマート?」
耳を塞ぎたかったその答えが、淡い灯火を無惨に踏みにじっていく。
「そうだけど。
あれ、あなた織部芙美子を知っているの?」
わたしは、現実の芙美子ちゃんに会った事がある。初めて会った気がしなかったのも、それで説明がつく。
現実は、わたしが思っていたより、何倍も残酷だった。
まるでそこに、生きる価値なんか見出せなくなるくらいに──
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