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夏にて、還る
盆の時期になると、地元の海に帰ってくるのが習慣となっていた。ここ磯海水浴場では桜島を臨みながら泳げるということで、鹿児島の浜辺の中でも多くの海水浴客を集めていた。人で賑わっているので、のびのびと泳ぎを楽しむことは難しいかもしれないが、夏という季節を満喫するというのならここ以上によいスポットを知らない。しかし、それはこの男――真島カナタが生まれてからずっとこの地に住み続けた贔屓目もあるかもしれないが。
二十八歳となったカナタは今年の夏もこの海へ車で訪れた。正午の少し前、浜辺から一本の道路を挟んだところの駐車場に車を止める。この季節になるたびに、車体を黒に選んだのを後悔する。しかし今の時代はどの車を買ってもなかなか長持ちするので、買い替える都合が財布事情を上回ることが今のところはないのだ。灼熱と冷房が入り混じる車内から出ると、潮の香りと少しだけ涼しい磯風が彼を出迎えた。
今年もいるのだろうか。
ボディパックを背負って車のドアをロックしながら、覚悟を決める。
「久しぶり。今年も来たね」
透明感のある声。風鈴が風に揺れるときのような、もしくはグラスの氷が溶けて音を立てるときのような聞き心地。
息を吸い込み、身体にその季節の自然を取り込む。そのせいか、身体が少し重く沈んだ気がした。
ここからは、非日常だ。
「ああ、来たよ」
炎天下の日差しの下、カナタの前に立つ少女が一人。カナタもかつて通っていた高校の制服。そこからすらりとした手足を存分に日に晒し、ショートとボブの間の長さの色素が薄い黒髪を揺らすその子が誰かは、幼い頃から彼はよく知ってる。
彼女の名は平コトリ。
カナタがこの浜辺に来る理由そのものである。
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