夏の日の君【2000字短編】

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弓かけをはめてシャツの上から胸当てをつける。 この神社には昔弓道場があって、何年か前からそこからもってきた安土(まと)を拝殿にこっそり隠してある。それを拝殿の長い回廊の端に設置した後、いつも通り拝殿の中から弓を持つ颯希を眺めた。 背中を伸ばして軽く足を開いて弓を構えた時にはすでに視線は的を収めていて、ゆっくり頭上に弓をもちあげ流れるように弓を引き、いつ息を吐いたかわからないほど自然に指が矢を離れる。颯希くらい上手いと打つ前から的中することは既にわかっていて、それを確認するために矢を放つ。颯希の動きは風のように滑らかで無駄がない。 そんな姿を眺めているうち、最初は夏の熱い日差しが軒外にあふれて木々の緑が明るく反射していたのがだんだんとオレンジ色に影を引くようになり、颯希の顔と回廊が赤紫に照らされて、そのころには電気なんかない境内の中は薄暗い闇に沈んでいて、その暗がりから見える颯希が藍色のシルエットにかわるまで目を離せなかった。 最後の一射のあと、颯希はふうと息をついて境内に入ってきて隣に座って道具を片づける。 「はは、また真っ暗になっちゃった」 暗がりから発せられた音に水を渡す。その時ちらりと指先が触れた。あれほど弓を引いたのに颯希の指先はひんやりと冷たかった。 「ん、ありがと。おなかすいた」 「おにぎりなら持ってきてる」 「超嬉しい」 「じゃあ鳥居で食べよう」 昼間と違って真っ暗闇の中で颯希の手をひき、神社の入り口の鳥居に座っておにぎりを広げる。いつのまにか涼しい風が吹いていた。 見下ろす坂道の下ではチカチカとお祭りの縁日ややぐらの明かりが明滅していて、ここからは遠くて聞こえないけど賑やかな喧騒が溢れていた。その先の海はすでに深い紺色で、空との境は既に消えて天に繋がり小さな星がキラキラときらめいていた。 そろそろ時間だと思って眺めていると、不意に光の華が咲いて後を追うように風と共に大きな音が響く。たくさんの白や赤い花が空を覆い、直下の海に反射して海と空の境界が現れる。 「やっぱここから見る花火が一番きれいだね」 隣を見ると颯希の頬も淡い光に照らされていた。思わずその頬に手を寄せて口づける。 「じゃあまた来年のお盆に」 「ああ、また来年な」 もう一度口づけて目を開けた時にはすでにだれもいなくて、おにぎりのラップだけが取り残されていた。
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