夏の日の君【2000字短編】

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今年の夏もジィジィとセミの音がうるさい。 滝のような汗をぬぐいながら荷物を担いで長い長い坂を歩いていた。坂道の両側は平屋が建ち並んでいて、太陽を遮るものは何もない。見上げる白い坂の上はまるで陽炎のようにゆらゆらとかすみ、額から流れ落ちる汗が目に入ってまた霞む。 頭が背中から照り付ける太陽の熱を吸収してすっかり熱い。家を出るときは鬱陶しいと置いてきたけど、このあたりまで登るといつも帽子をかぶってくればよかったと思う。 ふうふう言いながらようやく坂の終わりにたどり着く。 終点は神社になっていて、朱色の鳥居を超えると鬱蒼とした森。その陰に足を踏み入れるとセミの声はヒタと止まり、サラサラとした風が正面から吹いた。この鳥居をくぐった後はいつも急に温度が下がる。振り返ると、歩いてきた白い坂は低い家々をかき分けて白い滝のようにまっすぐと流れ落ちて行き、青い海まで繋がってその先の水平線から立ち上る入道雲で白い色に戻る。 「今日は遅かったね」 頭上から涼し気な声が聞こえた。 見上げると青い大きな御神木からするすると颯希が下りてきた。罰当たりなその白い顔は、汗一つかいていない。色気のない白いシャツに紺のスカート。黒い髪に杉のぽさぽさした杉の葉がくっついていた。 「俺は色々忙しいんだよ、受験だからな」 「受験?」 「そう。島外の大学を受ける。でも夏休みは必ず帰ってくるから」 遠くでポゥと船の汽笛が聞こえた。 夏休みのうちのさらに短い期間、夏祭りの間だけ颯希とこっそり神社で会う。それをもう6年くらい続けている。 この神社は島の守り神である海神を祀っていて、もともとはこの小さな島の中心として栄えていたけど、高齢化が進んでこの坂道を登ってお参りするのが厳しくなって、俺が小学校に入る前には港の近くに遷宮した。それ以来ここは管理人がたまに掃除に来るだけだ。わざわざあんな長い坂を上って来る者もいない。 颯希の手をひいて薄暗い森を抜けると少し朽ちた拝殿が現れ、落ち葉を払って腰を落ち着ける。颯希に問われるままこの1年で会ったことをつらつらと話すのがいつもの流れ。 「優斗、学校楽しい?」 「なんだそれ、おかんみたいだな。まあ楽しいかな。でも部活は今はたまにしかいってない。そういえば去年は全国大会の地区予選の最終で外した」 「残念だったね。今年は?」 「今年は受験だから無し。ほら今日もちゃんと持ってきたから」 弓道具を渡す。 「やった、ありがと」
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