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9
考えは纏められないまま、上の空で授業を受ける。放課後前の最終授業は、生徒の欠伸や脱力ががちらほら目についた。
そんな弛みを切り裂くように、運動場から悲鳴があがる。教室内が一気にざわめき、原因を知りたがる生徒により、悲鳴の訳は早々に判明した。
屋上に秋川がいて、今にも飛び降りそうらしい――。
そんな言葉が聞こえた時、走り出していた。授業を放り出し廊下を駆ける。
どうか、間に合って。
扉を力強く開け放った先、月はいた。フェンスの頂上に立ち、地上を見詰めている。後ろ手に支えを掴む手だけが、命を繋いでいた。
月は気配を察知し、振り向く。腫れた目蓋が悲痛を物語る。
「ごめん、青にはやめとけって言っといて勝手な奴に見えるよな」
だが、それでも彼は笑って見せる。
「そ、そうだよ……」
「でも、もう無理だ。生きる理由がない」
生きる目的を失った、そんな彼を繋ぎ止める何かはやっぱり見付からない。ただただ、仮初めの言葉を吐くことしか。
せめて、一瞬たりとも目を反らさないよう、ゆっくりと彼に近づいた。
「それでも駄目だよ。月くん言ったでしょ。死んじゃったら罪のない人間を殺すことになるんだよ……」
「……この殺人は許されるよ。だって俺、悪人の子どもだから」
フェンスの近くまで来て、靴の先に何かが当たった。視線が揺らぐ。そこには、掃除道具が散乱していた。
日々が蘇る。最期の日を目前に見ていた私に、彼は幸福な日々を与えてくれた。失いたくない。ただ、失いたくない。
「……嫌」
思考が飛んだ。ただ、心にあるままの思いを、声にして落とす。
「良いとか悪いとか、もうそんなのどうだって良い! 私が嫌なの! 月くんがいなくなるのは嫌なの! こんなに大切なのに! 出来ること何でもする! 話だって何度でも聞く! だから置いていかないで……!」
自分勝手な理由だ。だが、言わずにはいられなかった。
月が顔を背ける。ざわめく地上を見て、静かに息をしている。言葉は尽き、ただ見守ることしか出来なかった。
「……どこにも行かない? 先に死んだりもしない?」
小さく問われ、頷く。
「行かないし死なないよ」
「俺が悪人でも?」
「うん、生きててくれれば何でも良い」
「分かった」
月は、フェンスの内側へと飛び、上手く着地した。瞬間、緊張の糸が切れ、突如として涙が溢れ出す。
指先が伸びてきて、私の頬を優しく撫でた。雫が拭われる。
「……好きな子まで泣かせて、俺はもう極悪人だね」
予測もしない台詞に、頬が真っ赤になった。きっと今、私の顔は滅茶苦茶だ。
そんな私を見てか、彼もにかっと困笑した。同じく頬を真っ赤にして。酷い顔だった。
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