1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
2
《――町で、またも殺人が起きました。警視庁によると――》
イヤホン越しの報道へ、思考を敢えて傾ける。だが、憂鬱は止まらない。近場で事件を起こす犯人に、苛めてくる人間を殺してほしいとまで考えた。
僅かでも苦痛を回避すべく、朝は遅めに登校している。だが、それでも緊張は常に最高潮で、毎日電車に飛び込む想像をした。それは全てを打ち明けても、やっぱり変えられないらしい。
強張る体で教室へ近づく。教室内の喧騒が、ノイズのように耳を刺激した。この中に入ったら、また辛い一日が始まる。記憶に焼き付いた経験を巡らせつつ、扉を開けた。
静まる教室の中、衝撃の光景が飛び込んでくる。苛めの主犯である女生徒――町田が仲間に慰めを受け泣いていたのだ。目の前には壊された携帯がある。浮かんだのは、昨日の彼の顔だった。
息を飲みながら横を通過する。一瞬、町田に睨まれたが、すぐに背けられた。辿り着いた机には落書き一つなく、引き出しにも土一つ無かった。
恐らくは彼が何か行動し、苛めを止めさせたのだろう。実際、放課後に至るまで一切の攻撃を受けていなかった。ただ、時々鋭い視線に睨まれ、身が縮まりはしたが。
無人の階段を登る。今日は掃除当番の押し付けもなく、授業が終わり次第、屋上に向かえた。
苛めの停止は純粋に嬉しい。今後の不安はあれど、本日分の苦痛が少ないだけでかなり精神状態が違った。
昨日のように会えるかは分からない。だが、荒療治だとしても、希望を見せてくれた彼に会いたい。そうして言いたい。それと聞きたい。
扉を開け放った先、イヤホンをしながら梯子を拭く彼がいた。だが、音量は控えめなのか、すぐに気付いてくれた。
「あれ、もしかして駄目だった?」
行動を裏付けるような反応に頭を振る。それから、第一に感謝を告げた。彼の満足げな笑顔を見た後、もう一つ彼に訊ねたかった問いをぶつける。
「あのっ、私は鈴原青と言います。貴方の名前を教えてくれませんか!」
噂の彼は、名を秋川月と名乗った。彼らしい名前だと思った。
最初のコメントを投稿しよう!