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電車からの景色が前とは違う。今はもう、あの想像もほぼしない。それほどまでに、過酷な記憶は遠くなっていた。
今は緩やかな毎日を過ごしている。無論、不意に思い出したり、怖くなったりはするが。
普通になった足取りで教室に入る。そのまま自席に向かおうとして、足を引っ掛けられた。
突如舞い戻る気配に、心臓が動悸を訴え始める。尻目を向けると、そこには町田がいた。苛めは終わっていなかったのだ。
「あの不良に何言ったか知らないけどさ。やっぱ無理。ムカつく。死ね」
手には鋏が握られており、煌めく刃が開かれていた。
恐怖に動けなくなる。否定の声一つ上げられないまま、鋏が動かされた。
――フェンスに指を絡ませる。あの日と同じ感情に支配され、他は何も考えられなくなる。
町田は、私の制服とスカートを切り裂いた。多くの目がある中で下着姿にされたのだ。
思い出すだけで胸が苦しくなる。今はジャージを纏っているが、まだ露出している気分だ。
「駄目って言ったじゃん」
背後からの声に肩が跳ねる。だが、裏腹に感じたのは安堵だった。その上で零れるのは否定の感情だが。
月は事情を悟ったのか、横に並び、私の頭を優しく撫でる。その温かさでまた涙が出た。
「あのさ、この間の話じゃないけど、この世には必要な悪と不必要な悪があると思う。苛めを終わらす為の暴力は必要。で、自ら死ぬのは不必要。だから何してでも死ぬな」
丁寧に諭す声は、正解のない問いであるのに関わらず、不思議と正しさを錯覚させた。今ならば、殺しだって正当化できる気がする。
「青が抵抗出来ないなら俺がやるし」
助けを差し伸べられ、苦痛が少し拭われるのを感じた。これが痛みの分け合いと言うものかもしれない。
「……月くんって見た目に反して真面目だよね。毎日ちゃんと掃除するし。サボりそうなのに」
「掃除サボるのは必要ない悪だし、普通に好きだから」
「……また意外だ」
完全に晴れきらない心のまま、態と笑顔を飾ってみる。便乗して、彼も小さく笑ってくれた。
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