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 それから、私は月と距離を置くようになった。  罪悪感はあったが、掃除の時間だけの関係だ。双方がそれ以外の時間をどう過ごそうが分からないのだから。きっと避けているとは気付かないだろう。  しかし、そんな日々を過ごしている内に、私の中にまた違った蟠りが膨らみはじめた。  私は彼に救われた。この命も、平穏な日々も、与えられたようなものだ。そんな恩人と呼ぶべき人のことを、一方的な憶測で避けるのは身勝手ではないだろうか。  ――だからこそ、会って話すべきではないのか。  そんな迷いの末、私はまた階段を登っていた。少し遠く思える屋上へ、静かに入る。そこには、やっぱり掃除をする月がいた。 「月くん」 「青、どうした。また死にたくなったのか?」  第一声に胸が痛む。私が屋上に来るのは、悩みを話す為だけとでも思っていたのだろうか。それとも、避けられていると自覚しながら、敢えてそんなことを言ったのか。  やはり、月は掃除屋ではない気がする。そうだとしても、きっと正当な理由あってのことだ。 「ううん、違うの。少し確かめたいことがあって……」  真っ直ぐ目を見ると、瞳の中に仄かな青色が見えた。こうしてまじまじと顔を見るのは初めてかもしれない。  酸素を取り込み、痞えそうな問いを乗せ、吐いた。 「月くんは"掃除屋"じゃないよね?」    丸くなった瞳は、答えの色を濁す。緊張気味に返事を待っていると、不意にくしゃっと笑まれた。 「まさか」 「良かった……」  漏れ出す安堵に、月は眉をハの字にする。その瞳は少し悲しげだ。 「もしかして俺のこと怖かった?」 「少し。人を殺してたらどうしようって……」  蟠りが拭い去られ、壊れなかった関係に胸を撫で下ろす。  もし肯定されたとしても、彼を嫌いはしなかっただろう。だが、それでも安心してしまう――だが。 「するかもよ」 「えっ」 「俺、どうしても殺したい奴がいるんだ。だから、そいつを見つけたら殺す」  断言しきった月を前に、立ち尽くす。そんな私を見兼ねてか、月は背を向けた。そのまま横を通り過ぎ、扉へ向かう。 「怖くなるのも仕方ない。青とここで喋れる時間、何気に楽しかった。じゃ」  返答を待たずして、姿は消えた。唐突な終わりの訪れに、不思議と涙が出た。  ――これで良いの? 分からない。でも、彼と出会い、私は救われた。それは変わらない。  殺人を奮い立たせる何が彼にあったんだろう。  考えてみたが、欠片すら想像できなかった。    ここで、ようやく気付いた。これだけの時間を過ごしながら、私だけが彼を知らないのだと。
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