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 連れて行かれたって騒がれるのかな――屋上から地面を見下ろし、過ったのはそんな想像だった。  放課後の過疎化したグランドからは、誰も空を見上げない。各々が会話したり携帯に夢中で、小さな異変に気付きさえしないようだ。いや、この屋上に変な噂があるから、敢えて視線を上げないのかもしれない。  涙が出た。存在の小ささへの悲嘆か、孤独の悲しみか、これまでの苦難に仕返しできない悔しさか。様々な感情が混在した、説明の付かない涙だった。  フェンスに足をかける。苦労はしそうだが、越えられない高さではない。ここさえクリアできれば楽になれる。きっと失敗しない。大丈夫。大丈夫。 「やめなよ」  声が聞こえ、肩がすくんだ。連動するように体が硬直してしまう。 「自殺は悪いことだ」  声量から接近を悟り、振り向く。見えたのは、美しい金髪と小綺麗な顔だった。あまりに近距離すぎて、速攻翻る。  金色を目に情報が脳を掠めた。風変わりな不良生徒が、我が校にはいるとの情報だ。きっと彼がそうだろう。 「……貴方みたいに強くないから」  言葉が勝手に零れた。直後、殴られる場面を想像したが、向けられたのは拳ではなかった。彼は私の体を抱え、フェンスから引き剥がしたのだ。  目の前に下ろされ、やっと全身が目に入る。確りと着用されたシャツが少し意外だった。 「何があった?」  訊ねられ、声を失う。暴露したい気持ちは山々だが、初対面の人間にできるほど簡単な話ではない。不真面目そうな相手なら特に――。 「俺、ばらしたり面白がったりするつもりないけど」  言いながら、彼は真横にどっかりと座った。釣られて向けた視界の中、意外な物品が入り込む。彼の横に、なぜか箒と塵取りがあったのだ。 「それ……」 「掃除道具だけど」  当然のごとく彼は答える。だが、問いの意味を察したのか言い直した。 「掃除係だから、ここの」 「そうなんだ……」 「この屋上、噂があるじゃん。そんで誰もやんないから俺がやるの」  彼の言うように、この屋上には悪い噂がある。昔、ここから投身自殺した生徒がいて、道連れにする相手を探しているとの噂だ。  そのせいで誰も立ち寄らない場所ゆえ、私もここを選んだ――はずだった。 「あ、今日はちょっと用事があって、だからこの時間って訳。本当タイミング良かったわ」  くしゃっとした笑顔がかけられ、躊躇は意図も簡単に崩れた。涙に加わり声も落ち始める。 「苛められてるの」  止まらなかった。容量を超えて閉じ込めていた感情は、無造作に、不器用に零れていく。やはり彼は真面目なのか、どんなにちぐはぐでも一切口を挟まず聞いてくれた。気付けば全てを赤裸々に吐いていた。  終わる頃には心が澄んでいて、もう一度だけ頑張れるような気分になれた。    タイミングよく、帰宅を促す号令が響く。彼は立ち上がると、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「辛かったな。でも、もう死のうとすんなよ」  そうして、それだけを残すと掃除道具を手に屋上を出ていった。
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