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「江ー流ー久さーーん!なーに染みったれた顔してるんですか!」
背中に重い一撃が加わり、振り返ると寧衣良がメモ帳とオレンジジュースを持って笑っている。
服を脱げばきっと手のひらの跡が付いているに違いない。
「お前…今マジで力込めたろ。やめろよお前と違って繊細なんだから」
「本ばかり読んでないで体を鍛えたらどうですか?ホームズだって柔道習ってたんだし!」
「シャーロキアンの間ではあれは柔道を指す言葉じゃないってのが最近の定説なんだよ」
そんなことはどうでも良さそうに寧衣良が嬉々として報告する。
「それより江流久さん!他の人たちの情報!聞き出してきましたよ!」
「おぉ…いつの間に。お前も成長したな」
「誰かさんが太平洋のど真ん中でど真夏のど真昼間から黄昏てる間にですよ!ほら!反対側の手すりで誰かさんみたいに黄昏てる女の人がまず鏡 樹里亜さんです」
背は寧衣良と同じか少し高いくらいで、ショートカットの女の爪先には赤いペディキュアが綺麗に塗られている。
手すりに添えられた指先にはパールを施したネイルが輝いていた。
寧衣良のメモには几帳面な丸文字で以下のことが記されている。
“鏡 樹里亜”
以下空白。
「……名前しか分かってないじゃねーか」
年齢や職業を聞き出そうとするも、とにかく無愛想で話が続かなかったらしい。
「むぅ、誰だって答えたくない過去や年齢があるんですよ!特に女性はね!」
寧衣良のプラス思考は相変わらず留まるところを知らない。
「それで、あそこのアメリカ人がジョンソン・テイラーさん!聞いてもないことをペラペラ喋ってくれました!」
“ジョンソン・テイラー Johnson Taylor”
29歳。東洋音楽大講師。
ベートーヴェンの研究をしていて、現在ガールフレンドを募集中。口説かれた!
お酒が大好きで最近早くも痛風気味。膝の関節がたまに痛む。背高い!
暗号を解いてお金持ちになったら世界一周旅行に出かけたい。
パーソナルスペース近い。
「……お前英語喋れたの?学校の成績悪いって嘆いてるのに」
ビールジョッキをテーブルに置いてジョンソンは寧衣良を目で追って、とびきりの笑顔で右手を振っている。
「バディーラングェージとスマイルはヴァンコク共通ですからね。私は江流久さんみたいにHikikomoってませんから!片言でしたけどジャパニーズ上手でしたね」
万国は日本語だろと、江流久は寧衣良の口調に苛立ちを感じながらも、引きこもっているのは事実なので何も言い返せなかった。
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