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7
島の船着場に到着し、館までの細く長い坂道を列になって歩く。
様々な木々が緑色の葉で日光を遮り、真夏の南の島だというのに涼しく感じるほどだった。
「ほら!江流久さん!しっかり歩いてください!後ろつかえてますよ!」
体力だけは無駄にある寧衣良が江流久の背中を押すと、ブルーを基調にしたアイビーストライプのシャツがめくれてその下の肌が現れ、右脇腹から背中にかけて傷が露出する。
「あれ?江流久さん、昔怪我でもしたんですか?」
寧衣良はさらにシャツを捲って傷を眺めようとする。
「あぁ、昔な。ジャングルジムから、落ちて、木の枝が、刺さったんだよ」
寧衣良の手を振りほどき、江流久はシャツをしまいながら答えた。
本当に体力がないらしく、息が上がり始めている。
「うっわー…間抜けー…」
悪態をつきながら、寧衣良はシャツの上から指でそっと傷口をなぞった。
「でも……無事でよかったですね」
「キャ!」
江流久の前を歩く森坂景都が小道にせり出した木の根に躓いて転んだ。
「大丈夫ですか?」
江流久は小走りで追い抜き手を差し伸べる。
「……ありがとうございます探偵さん。私は森坂景都。よろしくお願いしますね」
ムラなく染められたショートカットの茶髪に包まれて、長い睫毛がその美しい顔を引き立てている。
この島に来ているのはどうしてこう美人ばかりなのだろうと江流久は考えたが、視線の先のむくれ顔の寧衣良を見て思い直すことにした。
「江流久です。よろしくお願いします」
江流久は満面の笑みを作り、景都の差し出した右手を掴んで引き起こす。
「痛っ!」
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。仕事のしすぎで腱鞘炎になってしまって、手伝ってくれてありがとう」
景都は苦痛に表情を歪めながらも眉を垂らして微笑む。
「おい!何やってんだ間抜け!早く行くぞ!」
森坂悠椰が手に持ったセカンドバッグを掲げ怒鳴りつけると、景都は小さく会釈をして急いで夫の元に向かった。
悠椰は髪をオールバックに固め、紺色のスーツに身を包み派手な赤いネクタイをしている。
「うっわーー感じ悪ー。あれが今流行りのモラハラ夫ってやつですよ、あんないい奥さんなのに。景都さん腱鞘炎なんだから荷物くらい持ってあげればいいのに」
寧衣良は汚物を見るような目で森坂悠椰を睨みつけている。
「まぁ、人にはそれぞれ事情があるからな」
別に流行ってはいないだろうと思いながら、小走りで夫の元に向かい大きなボストンバッグを抱えながらも微笑む歩く景都を見て、江流久はそう呟いた。
「薔薇園が見えてまいりましたので、もうまもなく館に到着いたします。ここを抜けましたら館でございます」
坂の上で小野田が声援を送っているのが聞こえる。
もう少しで坂を登りきる。
辛い坂道もいつか必ず終わりが来るものだ。
ようやく抜けた森の切れ目はトンネルの出口のように光に溢れていて、その強い日差しに日陰に順応していた目が眩んだ。
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