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「さっきのCM見ました?映像も綺麗だし、曲もめちゃくちゃ良かったでしょ?」  紙袋の中に入ったままのマニキュアと、ベージュ色でチェーンの柄のついた財布をカバンにしまいながら寧衣良は満足気に尋ねる。 「CM?…あぁマニキュアのやつか」 「あのピアニスト!今動画サイトで話題の覆面ピアニストですよ!ヴァルトシュタイン・レイチェル・モーダン!もう今すごい人気なんですよ!性別も年齢も一切不明でピアノを弾いてる手しか映さない動画なのにもう9000万回以上再生されてるの。知ってます?」 「誰それ、何人なんだよ?……っていうか音なんて鳴ってた?」  ゴミ一つ落ちていない羽田空港のロビーを大型のスーツケースを転がしながら、江流久はまるで興味がなさそうに手荷物カウンターへと歩いている。 「…江流久さんて、興味のないことには本当に無関心ですよね。…そんなだから彼女できないんですよ」  寧衣良が引くピンク色のスーツケースは江流久のものよりは小ぶりだが、寧衣良の小さな体と比べれば大きく見える。  そういえば機内にマニキュアは持ち込めるのだろうか、などと考えながら寧衣良は前を歩く江流久の背中に向かって悪態をついた。  江流久は寧衣良の戯言には耳も貸さず、スティックのついたコーラ味のキャンディーを舐めながら搭乗案内を横目に眺める。   7:34分発 羽田発 高知行きの便は遅延なく運行しそうだ。  早朝だというのに羽田空港内は人が溢れていて、2人はソファーに座る若いカップルが広げた荷物に躓きそうになりながら手荷物カウンターを目指した。    機内では寧衣良が昨日この旅のために買ったというノイズキャンセリング機能付きのワイヤレスイヤホンを耳にして窓の外を楽しそうに眺めている。  今時探偵に憧れて探偵助手なんて奇特なアルバイトをしているこの女子高生は、どんな時でも笑顔を絶やさないことが売りだと、採用面接の時に満面の笑みで語った。  ノイズキャンセリングの効果を噛み締めたいのか何度もイヤホンをつけたり外したりしては感動した様子で江流久の方を見て目を輝かせる。 「……ブルートゥース使えて良かったな」  満足気な寧衣良を横目に、飛行機が離陸すると同時に江流久はアイマスクをつける。  いくら初めての飛行機で搭乗手続きが不安だからといって、朝の5時から車の運転をさせられてはたまったものではない。  おまけに自分は助手席で居眠りまでして。  エンジン音が少し静かに鳴った後、耳に軽く圧迫感を感じたが唾を飲むとすぐに気にならなくなった。  高知まで約1時間半。  私立探偵、江流久 英雄の空の旅は、どうやら夢の中で過ごすことになりそうだった。
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