第一章:春の戯れ

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 最初こそ「なんで?」とは思ったけど、別に嫌なわけじゃないから気にしないでいる。  上履きからスニーカーに履き替えたは良いものの、靴紐が解けていた。俺が靴紐を結んでいる間、ローファーを履いて登下校している宮崎先輩は壁に背を預けて待っていた。別に待ってなくて良いのに、とは思うけど、それはそれで寂しい気もするから言わない。その行動の真意はきっと、取り決めていない約束事からくる違和感。  靴ひもを結び終えて立ち上がると、先輩はふっと顔を綻ばせた。下ろした髪が小さく揺れる。まるで中学時代から一緒だった友達みたいだ。  二人で外に出て駐輪場へ歩く。その途中、先輩が訊いてきた。 「間宮くん、ローファー履かないの?」 「なんですか急に」 「しょっちゅう靴紐結び直してるし、ローファーの方がラクじゃないかなって」 「ん~まぁ、一回はローファーにしようかなとは思ったんですけど、家でサイズ確認するのに履いてみたらなんか違和感しかなくて、結局履くの止めたんですよ」 「へ~、一応持ってはいるんだ」 「ほとんど履いてませんけどね」 「分かんないよ? 何かの拍子に急に履きたくなるかもしれないし」 「そういうもんですかね」 「そういうものでしょ」 「宮崎先輩はどうだったんですか?」 「私は……別に違和感なかったなぁ」 「へぇ、そういうもんなんですね」 「そういうもんなんだよ」  そんなことを話しながら、学年ごとに決められている駐輪スペースから自分の自転車を回収し、サドルには(またが)らず押して歩く。校門の方へ宮崎先輩の歩幅に合わせて歩いていると、向こうから外周を走っている最中であろう運動部員が走ってきた。俺はそいつがクラスメイトだということに気づき、向こうもまた俺だと気づいたようだった。  向こうは部活の最中だろうし、変に声を掛けるのもなぁ……。そう思って何も言わないまますれ違う。それから数秒経った後、 「お幸せにー!」  そんな声が聞こえてきた。  一応断っておくと、俺と宮崎先輩は別にそういう関係じゃない。付き合っているという噂が(ちまた)で流れているらしいが、それは全くのデマ。俺と先輩の関係は、そんなに深いものじゃない。先輩と後輩、ただそれだけ。それ以上も以下もない、淡白な関係。  根も葉もない噂なんか、とは思うんだけど、高校生の噂好きな面を(かんが)みてみると、案外そう思われても不思議じゃないのかもしれない。どっちにしても真実はそれと異なっているけど。 「今の、どういう意味?」  先輩は全く分からないようだった。
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