第一章:春の戯れ

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「たぶん、知らなくて良いことだと思いますよ」  それから俺たちはまた、取り留めも無いような話を続けて帰路を歩き始めた。そうして時間が過ぎること約十分。住宅街に差し掛かる直前の横断歩道で、俺と先輩は別れる。  サドルに跨ると、それを見計らったように信号が青に変わった。 「休みの日は何してるの?」  先輩の声で、ペダルを漕ぎ始めようとした足が止まった。 「はい?」 「端的に言えば遊びのお誘いなんだけどね。明日、何か用事ある?」  そう聞いてくる先輩はやっぱり楽しそうだ。 「特には……というか休みの日はだいたい何も予定無いです」 「そっか。まだどこ行くか決めてないから後でまた連絡するね。じゃ、そういうことで」 「せ、先輩? それってどういう……」  唐突過ぎて整理ができていない状態の俺をその場に置いたまま、先輩は横断歩道の向こうへ歩いていった。 「えぇ……」  一人残された俺は呆然とするしかない。いくらなんでも急すぎるでしょ、とは思うけれど、予定が何もないのは事実だし、先輩から誘われたなら断れない。  とりあえず日が沈みつつある時間帯なので家に帰ることにする。ふと何の気もなく空を見上げてみると、西日と青空が合体して紫色になった空がそこにあった。ごく自然とスマホを取り出し、カメラを起動する。シャッター音を鳴らすと、淡い紫色一色の画用紙みたいな写真が小さな端末に撃ち抜かれた。  それから架空の名前でアカウントを所有しているツイッターに、「帰り道」の一言と一緒にその写真を添付してツイートした。本名じゃないから知り合いのフォロワーは一人もいない。一応フォロワーはいるにはいるが、全員が赤の他人。そもそもの話、不特定多数の利用者がいるSNSの世界で本名名義のアカウントを持っている人は稀有(けう)だ。  ツイートを終えてからようやくペダルを漕ぎ始める。(おもり)でも乗っかっているように重かったそれも、一度動かしてしまえばその後はスムーズに動いた。  それから家に着くまでの間、ぼんやりと先輩の言葉の意味を考えてみたけれど、これといって正解に近そうな答えは見出せなかった。
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