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明くる日の朝、十時を少し過ぎた頃。俺は街の中心部に位置する噴水のモニュメントの近くにいた。昨日の夜、寝る前に宮崎先輩から来たLINE曰く、「駅前を適当にぶらぶらしよう」とのことだった。
先輩を待たせるわけにはいかず、待ち合わせ時間の十時半より二十分以上も早く待ち合わせ場所に来てしまった。プライベートで重宝している鞄の中から本を取り出して開く。今読んでいるのは、デビュー作が飛ぶ鳥を落とす勢いで売り上げを伸ばしている若手小説家の一作。「ゆびきりげんまん」という、自分の幼い頃を思い出させる可愛らしいタイトルだが、そのストーリーとのギャップが人気を博している。端的に言えば、体が凍ったように動かなくなる難病を患った十六歳の少女が、幼馴染みと再会して恋をする、というもの。現実世界で言うところの筋ジストロフィーやALSに近しい病気のようで、後書きでは作者本人がそれから着想を得たと公言している。
ただ、これだけなら、今現在の累計発行部数がダブルミリオン間近であることには繋がらない。彼のすごいところはタイトルとストーリーのギャップだけじゃない。地の文のあちこちに散らばっている語彙の量、巧妙な比喩、独特な言葉のチョイス。そして、メディア進出だ。
普通小説家というと、家でひたすら小説を書いているというイメージだが、彼の場合は違う。何がって、根本からだ。
「小説家=引きこもって小説ばかり書いている職業」を筆頭にしたいろいろな偏見を嫌っているようで、デビュー直後の書面インタビューでは「積極的にテレビ出演をしていきたい」と語っていたという。その言葉通り、彼はゴールデン枠のバラエティを中心にいろいろなテレビ番組に出演している。俺も何度か画面越しに作者本人の姿を見たが、本当にこの人がこの話を書いたのかと疑うほど平凡な見た目をしていた。
ただ、その代償というべきか、彼の小説に対する向き合い方は常人のそれとは少し違っていた。先週の深夜帯に放送していたニュースに出演していた時に話していたことを思い出す。
『これまで何度も話されてきたとは思いますが、物語を書く上で必要としていることとは何なのでしょう?』
そう、ニュースキャスターに訊かれた彼――夏目侑希は二拍ほど頷くための間を置いてから話し始めた。
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