第一章:春の戯れ

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『僕にとっての小説っていうのは、いわば自己投影なんです。小説のほとんどは、自分の頭の中での想像――イマジネーションを基にするものじゃないですか。こういう世界観で、こういう人物を主人公にして、この人とこの人が出会って……。もちろん僕も最初はそういう風に一から頭の中で考えて、いろいろ試行錯誤しながら、賞に応募するための原稿を書いてましたけど、そのままだと考えたものが全部一瞬のものになっちゃうんですよ。なんていうかな……雲散霧消(うんさんむしょう)する、っていうか、覚えていられるのはせいぜい一日や二日、長くても一週間くらいで。それを過ぎると、「あれ?」っていう風に書こうと思っていたものも忘れてしまう。せっかく浮かんだ(うま)い表現も、浮かんだその瞬間に何か形として残さないと永劫(えいごう)のものにならない。それってすごくもったいないじゃないですか。人間、誰しも忘れるし。  だったら、考えるんじゃなくて実際に体感してみたらどうかと思ったんです。その筆頭に上がったのが、テレビの取材だったりバラエティ番組やラジオのゲスト出演だったり。そういうものだったんです。で、実際に行動に移してみると、頭で考えるよりよっぽど鮮明だなって思ったんですね。メディア進出すると、自分の作品の告知も、SNSや書籍情報誌だけより深くできるし、そういう経験から小説のアイディアが浮かぶことも十二分にあり得るので一石二鳥だなと。長々と話しましたけど、結論を言えば、イマジネーションは四割、実体験からくる鮮明な感覚が残りの六割くらいの感じで書くようにはしています』 『なるほど。だから「自己投影」なんですね。ところで、今現在では次回作のご予定はあるのでしょうか?』 『あぁ~そうですね。でもまぁ、一年に一冊か、多くて二冊刊行できれば良いかなってくらいなので、今のところは何も考えてない状態です』……。  その後もうしばらく質疑応答が続いていた気がするが、どういう内容だったかはいまいち覚えていない。そのやり取りだけは何故かよく覚えている。ちなみにこれは余談だが、俺は夏目さんのツイッターをフォローしている。だから新刊やその他の情報があれば通知が来るけれど、今のところそれらしき情報は公開されていない。  そういえば、宮崎先輩はまだだろうか。辺りを見渡してみてもそれらしい姿は見えない。文庫本に(しおり)を挟んで、スマホで時間を確かめようとした、その時だった。
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