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突然、目の前が暗闇に覆われた。俺の目がいきなり見えなくなったとか、そういうのじゃないとは思う。でも、なんで急に……?
何が何だか分からずに混乱していると、「だーれだ?」という声が聞こえてきた。目の前が真っ暗な代わりに耳の感覚が研ぎ澄まされているのか、その弾んだ声の裏側に隠れるいたずらっ子みたいな息遣いも感じた。
俺の身に覚えがあるものだった。だから混乱はすぐに解けて、その声が誰のものであるかもすぐに分かった。
「宮崎先輩?」
至極平常とした調子で答えると、車道を行き交う車の風景が戻ってきた。隣に誰かが並んだ気配を感じてそっちを見る。
「もー!」
正解したのに、何故か宮崎先輩は不貞腐れたような、つまらないとでも言いたげな表情をしていた。
「むしろこっちのセリフですよ」
「もう、間宮くん!」
俺の言うことは無視して、先輩はこっちに人差し指を向けてくる。目の前に突き出されたものだから、少し後ろに体がのけぞる。
「な、なんですか?」
「今のは分かってても分かんないフリで通すものじゃないかな?」
「あぁ……そう、なんですか」
俺には全く分からない。
「まぁいいや。行こ」
つい今しがたの腑に落ちないような声はどこへやら、先輩はけろっと顔色を明るくして歩き始めた。俺も先輩の後ろについて歩き始める。
先輩の普段着を見るのは今日が初めてだ。普段着、とはいっても、今日の服装はいわゆる「お出かけ用」という類のものなんだろうが。
女性の衣服事情はよく分からない。白いワンピースに、この季節に合わせたような桜色のカーディガンという至って簡単な格好だということくらいしか俺には分からない。後は、さっきは気にしなかったけど、髪が昨日とは違って一つに束ねられているってところくらいか。
俺たちはまず、駅とほぼ直結していると言っても過言じゃないほど近い距離にあるショッピングモールに入った。一階のエントランスからエスカレーターを使って二階へ。その道中、先輩に訊かれた。
「間宮くん、さっき何読んでたの?」
先輩が来た時、俺は片手に本、もう片手にはスマホを持っていた。あまつさえ、その本には書店で売っているカバーをしていたから、先輩は俺が待っている間に何を読んでいたのかを知らない。だからタイトルを口に出す。
「あぁ、『げんまん』か。クラスのみんな読んでるよ、それ」
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