第一章:春の戯れ

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「だよねぇ。理系得意な人が羨ましいなぁ」  結局先輩はそんなことを言いながらその参考書を買って、俺は特に何も買わずにその本屋を後にした。その頃に時間を見てみると正午が目前に迫っていて、とりあえず昼食ということになった。  イタリア料理が主流のファミレスに入ると、ランチタイムの割に空いていてすぐに席に案内された。テーブル席に向かい合って座る。  注文を早々に済ませた後、俺は先輩に聞いた。 「この後、どうします?」 「どうしよっか」  どうやら先輩も考えていなかったらしい。俺は別に、先輩が行きたいところに付き合うだけだ。そう言うと、「なおさら困っちゃうなぁ」と苦笑された。 「ん~まぁ、午前と同じ感じで良いか。こういうところって、ただ見て回ってるだけでも案外楽しいじゃん?」 「そうですね。そうしましょっか」  なんとなく方針が決まって、注文した料理が運ばれてくるまでの間、俺たちの間に特に会話は無かった。俺は本を読んで、先輩はさっき買ったばかりの参考書に軽く目を通して。そんな風に時間を過ごしていると、何気なく思った。  傍から見たら、俺たちは付き合ってるって思われるのかな。  別に先輩とそういう関係になりたいと思っているわけじゃない。そもそも俺たちの間にはそういう境界線以前に、「先輩と後輩」という遠すぎる距離がある。生き始めた年も違えば経験してきた紆余(うよ)曲折(きょくせつ)もまるで違う。生活環境だってその一つだ。宮崎先輩の学年がどんなものか、詳しく聞いたことがないから分からないけれど、先輩に恋々(れんれん)とした好意を抱いている人は掃いて捨てるほどいるのかもしれない。  俺のクラスには、そういうのはまだない。入学して間もなくて、学年はおろかクラスメイトの顔と名前が完全に一致しない時期だから当たり前だけど。  そんなことを一人でぼんやり考えていたら、俺のそんな思考回路を断ち切るように注文したものが運ばれてきた。  マルゲリータピザはどこにでもあるようなごく普通の味だった。普通って表現すると勘違いするかもしれないから一応補足すると、「普通に美味かった」ってことだ。火にかけられて柔らかくなったトマトの若干の酸味とバジルの芳香が、鼻と口の繋ぎ目あたりでなびいた。  食べている間、俺たちはいろいろと話をした。先輩が一方的に俺にいろいろ聞いてくるのがほとんどだったけど。
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